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――よくもまあ、こんな暑いのに、そうやってベタベタとくっついてられるわね!
と言おうものなら、
――ふふ、何言ってるの? 店内は寒いくらいじゃない。もう、妬いちゃってぇ。かわいいんだから。
と、余計にイライラさせられるに違いない。
ここは無視するのが一番だ。
私は見ないふりをしながら、バックヤードへと大股で急ぐ。
だが、すれ違いざまに、ささやく声が耳をくすぐった。
「ふふ、一生懸命に気にしない振りをしちゃってぇ。かわいいんだから」
ここで顔を真っ赤にして怒声を浴びせれば、彼女の思うつぼだ。
でも、「飛んできたボールはホームランで打ち返すのが信条」という残念な性分な私……。
理性に反するように体が勝手に反応してしまったのだった。
「うるさいっ!」
鬼のような形相で彼女を睨みつける私を見て、彼女は勝ち誇ったような高笑いをする。
それを見た店長が小さなため息をついて口を開いた。
「アヤメ……。浅間さんをからかうのは、いい加減おやめなさい」
「だってぇ。麗ちゃんがかわいいんだもん」
「だから、それをやめなさいと言っているんだよ……。浅間さん、ごめんね。アヤメには僕からちゃんと言い聞かせておくから、早く制服に着替えてきておくれ」
爽やかな店長の言葉を聞けば、心が鎮まるから不思議ものだ。
「はいっ! 分かりました!」
元気よく返事をしてバックヤードへ急ぐ。
こうして今日もいつもと変わらぬ1日が始まった。
ここでアルバイトをはじめてから、早1ヶ月がたつ。
アヤメと私の関係は相変わらずだが、仕事にはすっかり慣れたものだ。
生まれて初めてのアルバイトだからだろうか。
接客、品出し、お掃除……。
まあ、鬱陶しい女狐が一匹いるが、それを差し引いても楽しくてならないのだ。
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