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「━━あ、」
「なに?」
水面(ミナモ)に映る月のあかりが反射して、欄干に添えた彼の手の薬指が、キラリと光った。
「てっきり独身かと思ってました」
私の言葉と目線に、
「ああ、これ? うん、結婚してるよ」
「いつも一人だから。どうして奥さんと一緒に来ないんですか?」
「……まぁ、色々あってね」
成瀬さんは、困ったような表情で笑った。
《色々》ってなんだろう。
奥さんと上手くいってないのかな。
もしかすると、家に帰りたくなくて此処に来ているのかも。
だとすれば、天を仰ぐ彼の横顔が寂しそうなのも納得がいく。
それでも言葉を濁した成瀬さんに、それ以上なにも訊けない。
「すみません……私、余計なこと訊いちゃいましたよね」
「ううん、当然の質問だと思うよ」
そう言ってはくれたけど、やはり問いの答えは教えてくれなかった。
「そろそろ帰るよ。今日は話し相手がいて気が紛れた。ありがとう。
それじゃ、天気が良ければまた明日」
「はい、また明日」
月の光を薄くまとって、だんだん離れてゆく成瀬さんの後ろ姿を、私は暫くみつめていた。
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