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「今度は、君のこと聞かせてよ」
「━━え?」
「月に手を伸ばした理由」
「あ……」
《今度は》なんて言ったって、自分は教えてくれなかったくせに。
「そんなの……知りたいですか?」
「うん」
「……笑わないでくださいね」
「笑わないよ」
私は軽い息を吐いてから、空を見上げた。
「月に助けてもらいたかったんです」
視線は感じたけど、彼は何も言わない。
「向こうの世界に連れてって欲しかった。
月に住みたいとか、そんな非現実的な望みじゃなくて、ただ、この世界から消えて無くなりたかったんです」
「………どうしてそう思ったの?」
それはいつもより小さく、低い声だった。
「生きてても辛いだけだから」
「何か嫌なことがあった?」
「特には。ただ、つまらないんです。毎日が。退屈で窮屈で。生きてる意味がまるで分からない」
「……それはつまり、死にたかったって事?」
彼を見ずに頷いた。
「……くだらないな」
静かに吐き捨てた声のトーンに、思わず顔を向けた。
「……つまらないから死にたいなんて、余りにもくだらなすぎる」
それは大人の説教が始まる前置きではなく、明らかに私情を含んだ怒りの言葉。
その表情。
━━━いつもの成瀬さんじゃない。
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