明日がみえなくて

21/23
前へ
/23ページ
次へ
  「……あの……手、繋ぎませんか?」 「……え?」 「手を繋いで見ていたんですよね? 奥さんと」 「……そうだけど……どうして、」 「私じゃ代わりにならないだろうけど、指輪をはめたその左手に、温もりを思い出してもらえたらと思って」 右手を差し出す。 彼の手は動かない。 もしかして、亡くなった奥さん以外の手には、触れたくないのだろうか。 「……やっぱり嫌ですよね。成瀬さんにとって大切な想い出を、私なんかに触られたら」 引っ込めようと下ろしかけた手を、引き止めるように掴まれた。 「そうじゃないよ。いきなりそんなこと言われて、ビックリした」 「でも、私に出来ることがないか探したら、この位しか思い浮かばなくて」 「そっか……ありがとう。じゃあ、しばらく繋いでてもいい?」 「はい」 彼の大きな左手が、私の右手を握り直した。 冷えた二人の体温が、ぴったりと合わさった手の平から、じわじわと温度を上げてゆく。 他意はないのに、私の胸はドキドキしていた。 成瀬さんがいま繋いでいるのは、奥さんの手。 分かってはいても、その温もりが心地よくて、そして何だか切ない。 澄んだ夜空を見上げて彼は言う。 「綺麗だね」 「綺麗ですね」 どれくらいの時間、そうしていただろう。 私たちは黙って、ただ月を見つめていた。
/23ページ

最初のコメントを投稿しよう!

33人が本棚に入れています
本棚に追加