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「……あの……手、繋ぎませんか?」
「……え?」
「手を繋いで見ていたんですよね? 奥さんと」
「……そうだけど……どうして、」
「私じゃ代わりにならないだろうけど、指輪をはめたその左手に、温もりを思い出してもらえたらと思って」
右手を差し出す。
彼の手は動かない。
もしかして、亡くなった奥さん以外の手には、触れたくないのだろうか。
「……やっぱり嫌ですよね。成瀬さんにとって大切な想い出を、私なんかに触られたら」
引っ込めようと下ろしかけた手を、引き止めるように掴まれた。
「そうじゃないよ。いきなりそんなこと言われて、ビックリした」
「でも、私に出来ることがないか探したら、この位しか思い浮かばなくて」
「そっか……ありがとう。じゃあ、しばらく繋いでてもいい?」
「はい」
彼の大きな左手が、私の右手を握り直した。
冷えた二人の体温が、ぴったりと合わさった手の平から、じわじわと温度を上げてゆく。
他意はないのに、私の胸はドキドキしていた。
成瀬さんがいま繋いでいるのは、奥さんの手。
分かってはいても、その温もりが心地よくて、そして何だか切ない。
澄んだ夜空を見上げて彼は言う。
「綺麗だね」
「綺麗ですね」
どれくらいの時間、そうしていただろう。
私たちは黙って、ただ月を見つめていた。
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