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「怜音さん」
ば呼れて顔を上げると、間近に辻の真剣な顔があった。
「好きです」
一際跳ねあがった鼓動が、自分の気持ちを代弁しているようで、迫ってきた辻の綺麗な顔を、熱に浮かされたような気分で見つめていた。
――キス、される。
そう思って目を閉じかけた時、元カレの顔が過った。
顔立ちが似ているわけでもないのに、辻の顔に、あいつの顔が重なって……。
気が付けば、手を突き出して辻の口元を塞いでいた。
「怜音さん?」
くぐもった声から戸惑いが感じられ、なんだか顔を見ていられずに俯く。
「……ごめん。お前の気持ちには、応えられない」
「そう、ですか……」
明らかな落胆を滲ませる辻に、申し訳ない気持ちと、それとは別の感情できりきりと胸の奥が疼く。
「……ごめん」
謝罪を繰り返す俺に、辻は努めて明るい声で返す。
「いえ、俺こそすみませんでした。光の言う通りですね、がつがつし過ぎっていうか。やっぱり迷惑でしたよね、いきなり部屋に誘うだなんて」
「いや……それは別に、気にしてない。辻くんは悪くないんだ。俺が……」
言いかけてやめる。
これ以上口にしては、ならない。
中途半端に期待を持たせて、それと同じだけ傷つけることになる。
それならいっそ、ここで完全に関係を切った方が、互いのためによくて。
「怜音さん?」
呼ばれた途端、今日の辻とのやり取りや、その他もろもろ、辻に関する記憶が蘇る。
好きになれそうだという、予感があった。
たぶん今まで付き合った誰よりも。
あの元カレだって、忘れられる可能性があったかもしれない。
けれど、そもそも辻を意識したきっかけというのが、元カレに雰囲気が似ているからで。
こんな風に、時々辻に重ねるようにして、元カレのことを思い出してしまうのは、よくない。
―――黙っていて悪かった。……お前の顔は、元カレそっくりなんだ。
そう。あの時のあいつと同じように。
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