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「もう、帰るわ」
「え」
「邪魔したな。今日は、楽しかった」
「怜音さん」
呼びかけを無視し、じゃあと言って、手を振り、玄関から出ようと取っ手に手をかける。
辻の顔は極力見ないように心掛けていた。そうでもしないと……。
「待ってください」
今まさに扉を開けかけたところで、背後から抱き込まれた。
優しい温もりに、息が詰まる。
「ちょっ……なに」
「俺のこと何とも思ってなくて振るなら、どうしてそんなに泣きそうな顔をしているんですか」
思わぬ指摘に、目を見開くと、その拍子に頬を冷たい雫が伝った。
ぎゅっと強く目をつぶり、それをやり過ごす。
「……っ、俺は、別にそんなんじゃ……」
「教えてください。俺に何が足りないのか。それから、そんな顔をする理由を」
懇願され、心が打ち震える。
「……も、離せ」
最後の悪あがきとばかりに、身を捩って離れようともがいたが、かえって拘束が強くなった。
「嫌です、離しません。ここで離したら、怜音さんはもう俺に会ってくれないでしょう?」
―――見透かされている。
無言が肯定になり、束の間、沈黙が落ちた。
ドアの取っ手からはもう手は離れている。
「そうだよ、もう会わないつもりだ。あのコンビニにも、もう行かない。辻くんも、俺のことは忘れてほしい」
「無理です。俺は忘れません。振られて、こんなに苦しいのは初めてなんです。それだけ、怜音さんのことが――」
「やめろ。俺は、似ているから、気になっただけだ」
「え」
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