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ドアを背にしたまま、力なくその場に座り込む。
いくら身を縮めて体を擦っても、寒気は治まらなかった。昨夜のことを思い出すだけで、まだ体中に血の臭いがこびりついているような気がした。
紀能さんのことは、この一件が解決するまで失踪扱いにしておくつもりだと、七緒さんは言った。
確かに警察に通報して鬼の化け物に襲われたなどと言っても、誰にも信用してもらえないだろう。しかも遺体の一部しか残っていないようなあの惨たらしい状態では、下手をすると私たちにも殺人の嫌疑が掛けられる恐れがある。
七緒さんはそこまで考えて、私たちにいったん東京に帰るように勧めたのだろう。唯一の肉親を目の前で失ったにも関わらず、冷静に努めようと振る舞う七緒さんの気持ちが痛いほど伝わってきた。
「この御札を必ず身に着けていて下さい。魔除けになります」
そう言って七緒さんが差し出したのは、赤い護符文字の書き込まれた神札だった。
「一過性のものですが、時間稼ぎにはなるはずです。私も準備をしてから、すぐに東京に向かいます。なのでそれまでは、あまりひと目のない暗い場所には近付かないようにして下さい。フタクチは暗闇に潜んでいますから」
「……」
ポケットから取り出した御札を握りしめ、ゆっくりと立ち上がる。
制服に着替えようと服を脱いだ時、肘と手首の中間辺りに、ひとすじの赤いひっかき傷があるのに気付く。
「これ……」
手で触ってみるが、痛みはなかった。痣のように少し腫れた傷は……昨夜あの化け物に触られた箇所だった。
「う……」
昨夜の血塗られた手の感触を拭い去るように、何度も手の平でその傷を擦る。だがその傷痕は、まるで生贄に付けられた刻印のように消えることは無かった。
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