2 罠

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 昨日の状況を思い出すように、遥は順番に指を折る。 「転がったボールに一番近かったのは……茜音。私はそれをフォローしようとして駆け寄ったのよね。で、そこに集まったディフェンスは……確か冥奈ともう一人……」  折り曲げた指を何度か上下に揺らした後、遥は「あっ」と声を上げる。 「思い出した。あの人……堤さんが傍に居たわ」 「堤……佳乃(よしの)?」 「そうそう。彼女って普段は前に出るタイプじゃないでしょ。体育の時も大抵後ろの方に居るし。でもあの時だけは急に視界に入ってきたから、珍しいな、ってボール追いながらちょっと思ったのよね」 「……」  確かに怪我をした茜音にばかり気を取られていたが、そう言われれば堤佳乃も私のすぐ後ろに居た気がする。  教室の中を見渡してみるが、堤佳乃の姿は無かった。普段から一人でいることの多い彼女は、昼休みには必ずといって良いほど教室から消えていた。  私は遥の方に向き直り、真剣な表情で訊ねる。 「じゃあ……茜音が怪我した時の彼女の様子とかって、覚えてる?」 「さすがに、そこまではね。私も一瞬何が起こったのか分からなくて、あの時はかなりテンパってたから」 「そう……よね」 「なに? 彼女がどうかしたの?」  さも興味深そうに遥が身を乗り出してきた時、ちょうど午後の授業の始業チャイムが鳴る。 「ちぇ、タイムアウトか」  名残惜しそうに席を立つ遥を、呼び止める。 「遥、もし良かったら今日の放課後、もう少し話できないかな?」 「あー、ごめん。今日の放課後はちょっと用事あって。でも夜なら空いてるから、電話で良かったら話できるよ」 「じゃあ……電話するから」  了解、と手にしたスマホを指差しながら遥は自分の席へ向かう。  ちょうどその時、遥とすれ違うように堤佳乃が教室に戻ってくる。  彼女はちらと私に視線を向けた後、何ごとも無かったかのように教室の後ろにある自分の席に着く。だが普段はあまり表情を変えることのない彼女の目の奥に、どこか含みのある色が浮かんでいる気がした。
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