1 鈍色の影

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「……」  普段は軽口ばかり叩く幹二さんが、真剣な顔つきで向かいの椅子に座る。確かにおかしな話だ。鋭敏な刃物でも使わなければ、あれほどすっぱりと指が切れるはずがない。 「茜音はすぐに病院に運ばれたんだけど……やっぱり本人は凄くショックだったみたいで」  俯く私を見て、幹二さんが話し難そうに口を開く。 「冥奈(めいな)。悪いこと訊くかもしれないけど……まさか誰かが意図的にそれをやったってことは?」 「それは……無いと思う。茜音は誰かに恨まれるような子じゃないから。それに手の中に刃物なんて持ってたら、すぐに分かるし」 「いや……いいんだ。悪かった」  手を上げて私の答えを制してから、幹二さんは険しい表情で考え込む。そして立ち上がると、スマホで誰かに電話を掛け始める。  隣のリビングで話をする内容は聞き取れなかったが、幹二さんの口調は明らかにいつもとは違っていた。  十五分ほど話をした後、幹二さんは食卓に戻ってくる。 「冥奈、出かけるからすぐに準備してくれ。お前も一緒に」 「これから?」 「ああ、着替えるだけでいい。少し遠出になる」  ジャケットを羽織る幹二さんの硬い表情を見て、私は訊ねる。 「どこに……行くの?」 「群馬だ。もしかすると帰りは明日になるかもしれん」
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