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私の心配を余所に、午後の授業は何ごともなく進んでいった。
放課後を迎え、私は気が抜けたように握りしめていた御札をポケットにしまう。
(これで良かった……のよね)
だが帰り支度をしていると、田所純也が訝しげな表情で声を掛けてくる。
「藤繁……そこ、どうしたんだよ?」
純也の指差す左腕を見てみると、制服の肘の辺りに血が滲んでいた。
慌てて袖口を捲ってみる。今朝見つけたひっかき傷が肘の上辺りまで広がっていた。赤く腫れ上がった傷口から滲む赤い血を見て、純也が眉をひそめる。
「うわ、ひどい傷じゃん。すぐ保健室に……」
「あ、ううん。大丈夫」
「大丈夫って……そんなに血が出てるのに」
「本当に平気。帰ってから包帯巻いとくから」
慌てて傷口を隠し、席を立つ。
「お、おい……」
呼び止めようとする純也を残し、急いで教室を出る。
小走りに廊下を歩きながら、何度も腕を擦る。全く痛みはないのに、傷口は今朝よりも明らかに広がっていた。
「何よ……これ」
苛立たしげに傷痕をきつく握ると、溢れた血膿がさらに制服の袖を赤く滲ませていく。昨夜フタクチに触られた時の記憶が蘇ってきて、吐き気が込み上げてくる。
気味の悪さを堪えながら校舎の玄関で靴を履き替えていると、ふと背後に人の気配を感じた。
「ひっ」
思わず声を上げて振り返る。
そこに立っていたのは……堤佳乃だった。
「堤……さん」
下駄箱を背にして身を強張らせる私に、彼女は相変わらず無表情のままぽつりと口を開く。
「大丈夫? 藤繁さん。顔が真っ青だけど」
「な、何でも……ない」
私は彼女を避けるように急いで靴を履き、玄関を飛び出す。
堤佳乃がもしフタクチだとすれば、彼女は間違いなく私の様子を窺っている。獲物をじっくりと観察して、恐怖を与え続け、そして最期になぶり殺しにするために。
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