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「なんで……こんなことに」
頭の中を巡るのは、疑念と恐怖ばかりだった。
オレンジ色の夕暮れが鈍い灰色に変わっていく中、私はいつの間にか家の前に辿り着いていた。どうやってここまで帰って来たのかも覚えていなかった。
ふう、とひとつ重い息を吐き出し、玄関の鍵を開ける。夕闇の迫る薄暗い家の中に人の気配はなかった。
スマホを確認すると、幹二さんから帰りが遅くなるとメールが入っていた。
――『大丈夫。今日は学校でも何も起きなかったし。ちゃんと仕事してきて下さい。帰りの運転、気をつけてね』
その程度の返事をするのがやっとだった。今の私にできるのは、幹二さんを心配させないことくらいだ。
救急箱を持って部屋に戻り、左腕の怪我の手当をする。朝は十センチ程度だった傷が、今は倍以上に広がっていた。
「大丈夫。こんなことで……」
自分に言い聞かせるように告げ、傷口を消毒して包帯を巻く。
たとえフタクチが嘲るように私を見張っていたとしても、私には幹二さんも七緒さんも居る。それに私の両親は、自らの命を引き替えにしてでも私を守ろうとしたのだ。
「絶対に……」
無碍に殺されてたまるものか。得体の知れぬ化け物などに。
きつく唇を噛んで、物置へと向かう。
工具箱の中から大型のカッターナイフを探し出し、グリップを握りしめてスライダーから刃を押し出してみる。刃は真新しいものだった。化け物相手に役に立つのか分からなかったが、何も無いよりはマシだろう。
それから台所に行って、幹二さんの分の夕食の用意をした。私も昨日からほとんど何も食べていなかったが、全くお腹は空いていなかった。
自分の部屋に戻った後、パソコンを開く。私はまだフタクチという化け物の……敵の正体を何も知らない。昨夜見た鈍色の影の中の姿も、夢うつつの中での出来事に過ぎないのだ。
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