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ネットで出てきたフタクチの情報は、とても現実的とは思えないものばかりだった。
フタクチは『二口女』や『二つ口』と呼ばれ、後頭部にあるもうひとつの口で人を喰らうという妖怪だった。顔にある口は見せかけのもので、美しい姿をして男を惑わせるが、その正体は醜い鬼や山姥、若しくは蜘蛛の化身だと言われていた。
「何よ……これ」
パソコンのディスプレイを眺めながら、首を捻る。
いくら検索をかけても、民話やお伽話の中に登場する怪異といった類以上のことは分からなかった。
「こんな……作り話の妖怪が」
どこか拍子抜けした私は、静かにパソコンを閉じる。
昨日から実際に起きている凄惨な事件に対して、この二口女という化け物の存在はあまりにもかけ離れている。七緒さんの言うフタクチがこの妖怪を指すのかは分からなかったが、二口女が魔除けの菖蒲を嫌うという点では一致していた。
「……ふう」
溜息とともに、机に突っ伏す。
全てが幻であってくれたら、どれほど気が楽だろう。
私は自分の命が狙われていることよりも、幹二さんを巻き込むのを恐れていた。そして親代わりになってこれまで私を見守っていてくれた幹二さんを、これ以上悲しませたくなかった。
「……」
机の上に置いていた、二枚組の写真立てを手に取る。
一枚は幼い頃の私と両親が写ったもの。そしてもう一枚は、私が高校に入学した時に幹二さんと校門の前で一緒に撮ったものだ。
普段はよれたシャツに無精髭の幹二さんが、この日だけはきちんとスーツを着て髪を整えてくれたっけ。
「幹二……さん」
その写真を手にしたまま、静かに目を閉じる。
いつもは私も憎まれ口ばかり叩いているが、今夜幹二さんが帰ってきたら、もう少し素直に話をしてみよう。私の両親のことや、幹二さんが子供の頃のこと、仕事のことや、もしかしたら今好きな人のことなんか。
もっと、もっと、お互いたくさんの話を――。
疲労感で次第に意識が曖昧になっていく中、
ふと、そう思った。
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