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少し寝入っていたのかもしれない。
無機質なスマホの受信音で目が覚める。時計の針はすでに九時を過ぎていた。
慌ててスマホを手にすると、ディスプレイに表示されていたのは坂木遥の名前だった。夜に電話すると約束していたことを思い出し、急いで画面をタップする。
「ごめん、遥。電話するの遅くなって」
だが受話口から聞こえてきたのは、遥の意外な言葉だった。
「なに言ってんのさ。ずっと城石公園で待ってるのに、冥奈ったら全然来ないんだもん」
「え……?」
遥が何を言ってるのか分からなかった。
戸惑う私を余所に、遥はむくれたように話し続ける。
「だってメモくれたじゃないのさ。私の机の中に入ってたわよ。『城石公園で今日の夜八時半に待ち合わせ』って」
「ちょ、ちょっと待って。私、そんなメモ……」
「ちゃんと名前も書いてあったわよ、『冥奈』ってさ」
「違う。それ私じゃ……」
「まあいいからさ。早く来てよ。ここって夜になったら暗くて怖いんだから」
「ま、待って。遥……」
だが私が言い終える前に、電話は切れてしまった。もう一度掛け直してみたが、電波状態が悪いのか電話は繋がらなかった。
「そんなこと……」
椅子から立ち上がったまま、茫然とスマホの画面を見つめる。
私は遥にメモなど渡していない。だとすれば、何者かが私を装って遥を呼び出したのだ。
「じゃあ……遥は」
嫌な予感が脳裏をよぎった瞬間、私は自転車の鍵を持って部屋から飛び出していた。
学校に行く途中にある城石公園までは、自転車で十五分程度の距離だった。
街路灯の灯る住宅街を抜けて、私は全力で自転車を走らせる。急いでペダルを漕ぐ自分の鼓動が、警告音のように体中に打ち鳴らされていく。
「そこから早く離れて……遥」
誰かが意図的に遥を誘い出した。悪戯や冗談だとは到底思えなかった。
ならばそこにあるのは……明らかな悪意だ。
そして遥の机にメモ紙を忍ばせるようなことが出来るのは……クラスメイトの誰か。
それはおそらく、堤佳乃。いや、正確には……彼女になりすましたフタクチだ。
「遥……」
自転車のライトの灯りだけが薄暗い夜道を照らす中、私はペダルを踏みしめながらきつく唇を噛んだ。
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