2 罠

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 まるで薄っぺらい紙を切りつけたような感触だった。  口元に薄気味の悪い笑みを浮かべた女の顔が、黒い粒子状になって拡散していく。それとともに、血に濡れた赤い手も、影を纏った体の輪郭までもが闇に紛れるように飛び散っていく。 「……う」  力なく壁にもたれ掛かった私の手から、カッターナイフが鈍い音を立てて地面に落ちる。  フタクチが消え失せた後には、閑散とした元の風景が残っているだけだった。  鬱蒼と茂る藪の中から、鈴虫らしき虫の音が静かに鳴り響いていく。 「ひ……」  かろうじて動く足を引きずり、建物の陰から出る。 「た、助け……幹二」  ふらつきながらも、少しでも街灯の明かりのある方へと向かう。  今の光景はいったい何だったのだろうか。  漆黒の闇の中、灰色の影をしたフタクチは間違いなく私のすぐ目の前に居た。  その緋色の瞳の奥に、嘲るような笑みを浮かべて。  何故、私を殺さない。  何故、私を喰らわない。  獲物である私が、すぐその牙の届く距離に居たにも関わらず。  開けた散策路に辿り着いてがくりと膝をついた時、その先のベンチに座っている人影が視界に入る。 「は……遥!?」  長い横髪を垂らしたその若い女の横顔は、間違いなく遥だった。 「遥っ!」  起き上がった私は、息を切らして街灯の明かりの照らすベンチへと駆け寄る。  眠ったようにうなだれている遥の傍へ近付いた時……、ふと、どこかで嗅いだような血の臭いがした。 「……遥?」  ベンチの前に来て手を伸ばそうとした瞬間――、気付く。  遥の顔の右半分が、食い千切られていることに。
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