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1 鈍色の影
夕食で出たミートパスタがどこか血の色に似ている気がして、私はフォークを持つ手をとめた。
「どうした? 顔色良くないぞ」
冷蔵庫から缶ビールを取り出していた幹二さんが、訊ねてくる。
「うん……」口籠りながら、傍らのサラダをフォークの先で突く。
「今日、体育の時間に友達が怪我しちゃって。それで……血が凄く出て」
「血って……何やってたんだよ」
「バスケ。指が……切れたの」
サラダボウルの中のミニトマトの赤い色が気になり、それをレタスで覆って隠す。ひどい出血だった。立科茜音の手は真っ赤に染まり、血が滴り続けていた。
「千切れたって……ことか?」
開けようとしていた缶ビールを食卓の上に置き、幹二さんが眉をひそめる。
「うん……小指の第二関節辺りから」
フォークをテーブルの上に置く。
今でも茜音の悲鳴……いや、絶叫が耳の奥に残っている。騒然とするクラスメイトたちが立ち竦む中、うずくまったまま泣き叫ぶ彼女の声が、体育館に響き続けていた。ディフェンスをしていた私も彼女のすぐ傍に居たにも係わらず、青褪めたまま何も出来なかった。
「体育のバスケで、そんな酷い怪我するなんてことが……」
訊ね返す幹二さんに、首を横に振って答える。
「分かんない。茜音がドリブルしてたボールを逸らして、その周りに三、四人が集まった時だと思う。私もそこに居たけど、一瞬だったから……」
口籠る私を見て、幹二さんは点いていたテレビを消す。静かになった食卓で、私はぽつりと口を開く。
「体育の先生がすぐに飛んできて止血したんだけど……。その間に、落ちた指を皆で探したの。ほら、急いで手術すれば指の神経ってまた繋がるかもしれない、って思って。でも……」
「……」
「どうしても見つからなかったの。茜音の指が。どこにも。あんなにきれいに切断されたのに」
「切断って、骨ごと切れたのか?」
「たぶん……そう。私も見たけど、初めは指の断面の真っ白な肉が見えて、すぐにそこから血がボタボタって溢れてきて……」
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