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「おはようございます、どちらの部署にお約束ですか?」
受付の女性に明るく声をかけられ、思わず固まってしまう。後ろをチラッと見ると男が腕を組んでこちらを見て待っていた。
完全に退路を断たれてしまった…追い詰められた嫌な記憶が頭に浮かんで来る。受付の女性はニコニコと笑顔を変えずこちらを見ている。ここまで来たら行くしかない。
「……あっ、あの…開発営業部、に……」
さっき聞いたのを思い出して部署名をきちんと伝える。変に区切ってしまうと分からなくなってしまう。
受付の女性は『少々お待ちください』と言って何か確認している。『いや、入ってないですよ?』なんて言われないか不安と、言ってくれたら帰れるのに…なんて色んな事が頭の中をぐるぐる回っている。
「代永 景都さんですね。ハイ!これ、仮のIDカードです。後で写真入りの正式なIDカードを作成しますので、総務部に後で行ってもらって良いですか?」
そう言ってケースに入れられたカードを渡された。
「はっ、はぁ…」
IDカードを受け取り、後ろを振り向くと男が同じ様に自分のカードを取り出していた。
「会社内に入るには来客も含めてこのIDカードが必要なんだ。一応開発会社だからな」
「はい……」
『じゃ、こっち』とそのままドアの前にあるカードリーダーにカードをタッチさせる。ピッと電子音が鳴り中に入って行く。
「こうやって中に入るんだ」
俺も同じようにリーダーにIDカードをタッチさせ、一歩一歩ゆっくりと進んだ。
これだけなのに、俺の心臓は破れそうな程大きく拍動し、胸が痛かった。
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