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「ん?御子柴部長帰って来たんだ」
背の高い小宮が奥を見て声を出した。確かゲリラ豪雨でサーバーがダウンして先週から大阪に出張してたんだったな…。今日、帰ってきたんだ…。
小宮は『食後のコーヒーを!』と言ってコーヒーを二つ淹れて一つを俺に渡してくれた。
「ゴメン、小宮。俺…部長に挨拶してくる」
挨拶をしなきゃと思い、先に自分のデスクに淹れてくれたコーヒーを置こうと進んでいくが……途中から一歩も動けなくなってしまった。
「嘘?……なんで?」
奥で『部長』と呼ばれていた人は……俺を助けてくれたあの人だった。
いつかお礼を言いたいと思ってはいたが、いざ本人を目の前にすると緊張してしまう。まさか、助けてくれた恩人が転職先の上司だなんて…話が上手すぎる。漫画や小説でもこんな偶然なかなか起こらない。
でも、実際ここで起きている。いつ会えるか分からない人にこうやって会えたんだから、ここでお礼を言わなきゃ!
勇気を出して震える足を1歩踏み出す。少し近づいた時に御子柴部長が俺に気付いた。
「あれ?君…は?」
「あの、俺、あの時…助けて、くれて…」
「初めまして!M i C開発営業部、部長の御子柴です!佐野から入った事は聞いていたけど、急な出張で挨拶が遅れてすまないね!やっと会えて良かったよ。宜しくね」
一一一一一一一一えっ…………?
俺の言葉が言い終わらない内に食い気味で御子柴部長の言葉があった。
『初めまして』と………。
御子柴部長が俺に近づいてくる。見間違える筈ない。声も間違いない!この人だ!俺を助けてくれたのは御子柴部長に間違いない。
ーーでも、御子柴部長は覚えていない。俺の事全く覚えていなかった……。ショックで持っていたコーヒーが手を離れ、重力に従い真っ直ぐ落ちていく…
コッと真っ直ぐ落ちた紙コップが俺の革靴に当たり、スラックスにコーヒーの染みが広がる。
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