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番外編⑤クリスマス2020
残業で遅れる、とスタンプ付きでメッセージが届いてから一時間は経っただろうか。
大きな公園にあるイルミネーションの特設会場で、ベンチに座って翔太はひとりで眺めていた。
「年末にかけて忙しくなるって言ってたし……」
小さくため息をつき、翔太は再びメッセージ画面を見た。イルミネーションを見て、メッセージを見ての繰り返し。忙しくても芥とは変わらずの頻度で連絡のやり取りをしている。
春、社会人になった芥と、大学生の翔太。
学生はなにかと時間はあるが、芥が社会人になった途端、二人の時間が減った。こればかりは仕方のないことだとわかっていても、なかなか慣れない。
「早く芥さんの顔が見たいなぁ」
空に向けて言葉を紡ぐ。
そう簡単に芥が来るわけではないが、彼は一生懸命に残業と戦っている。翔太ひとりが我慢すればいいだけのこと。残業なんて放っておいて僕の傍にいて、なんて我が儘な恋人になりたくない。
芥を応援すると誓ったではないか。
芥が高校を卒業するとき、将来教師になりたい、と言っていた芥は無事に教員免許を取得して希望していた小学校の先生になったのだ。
「子どもにも人気みたいで、僕嫉妬しちゃうな……なんて」
くす、と笑みを零し、夢を叶えた芥を尊敬する。
両親がいない芥は、なにかとこつこつ努力してきた。中には、翔太の知らない大変なことだってあったはずだ。
「……僕、どうしようかな」
目標もなにもなく、ただ就職できればいいとしか考えていない翔太。そのことを芥に相談したが、無理に目標を決めず働きながら決めてもいいのではないだろうかとアドバイスをもらった。
今は、目の前のことを一生懸命にやっているだけ。
「……あ」
ライトアップされている色が一斉に変化したことにより、時刻が夜八時と知らせてくれた。
予定の約束時間は夜七時。
あれからメッセージは入ってこない。
「寒いなぁ」
マフラーと手袋をして、しっかり防寒対策をしているのに寒く感じるのは隣に芥がいないからだ。
特設会場には家族連れや恋人、友達、ケーキなのかプレゼントなのかわからないが手に荷物を持って急いでいるサラリーマン。
「プレゼントを届けに来ましたって言って、学校まで押しかけようかな」
「――それは、翔太がプレゼントってことでいいのかな?」
「ひゃっ……!」
背後から両手が伸びてきて、冷たい手が頬を包んだ。そのままくいっと首を持ち上げられ、見上げたところに芥がいた。
「芥さん……」
「ごめん。遅くなって」
むにむにと頬を撫でながら謝ってくる芥に、翔太は「仕事だから仕方がないですよ」と眉を下げて困ったように笑みを浮かべた。翔太の頬を堪能した芥は、ベンチの前に回り翔太の隣に座る。
綺麗だよね、とライトアップされているイルミネーションを見ながら呟く。それに、翔太も「うん」と答えた。
「教師になれたのは嬉しいけど、まだまだ慣れないことが多い」
「でも、いつも楽しそうにしてるじゃないですか」
「それは本当のことなんだけどね」
「それに、まだ芥さんの教師生活ははじまったばかりなので、慣れないのは当然だと思いますよ。すぐ慣れる人もいれば、遅い人だっています。人それぞれ……僕は、芥さんのペースで楽しみながら教師生活を過ごしてほしいです」
もちろん大変なこともあると思いますが、と付け足して芥を励ます。そうだね、と納得してくれる芥は嬉しそうだ。
「そうだ。翔太、メリークリスマス」
「メリークリスマスです、芥さん。プレゼント用意しているので、あとで渡しますね」
「ああ、俺も準備したからあとで交換だね。……さてと、このままここにいてもいいけど、早く暖かいところへ行こう」
「さっきまで寒かったんですが、芥さんが来てくれたので僕は暖かくなりました」
「……そういうところだよ。あーあ、二人きりだったら今思いきり抱きしめるのに! 翔太、あとで覚えておいてよね」
「……っ!」
ぎゅ、と手を握られた。手袋をしている分、芥の温もりを直に感じ取ることはできないが、傍にいるだけで幸せだ。
芥と微笑み合いながら、二人はイルミネーションの特設会場をあとにした。
クリスマスが終わるまで数時間しかないが、二人のクリスマスははじまったばかり。
おわり
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