第五話

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第五話

 折り返し地点はもう過ぎて、五日目の朝を迎えた。  恒例でもある手繋ぎを、いつも通りに繋いで学校へと登校する。変わらず躊躇っている翔太の手を、篠原から握りしめる。手の温もりを確かめるように、強く、篠原は翔太の手を握りしめた。  翔太の心は、嬉しさと不安が交互に入り混じっていた。 「翔太。今日も一緒にお昼食べて、一緒に帰ろう」 「っ、はい!」 「もしかして、まだなにか考えてることある?」 「あ……いえ、大丈夫ですよ」 「ならいいけど……」  これ以上、心配をかけてはいけないと思い、翔太は微笑んだ。  しかし、篠原のほうはまだ納得できないといった表情を含んでいたが、深く追求してくることもなく話は終わった。  学校へ到着して、昇降口で一度上履きに履き替える。  そして、それぞれの教室に行く途中まで一緒にいた。 「翔太、お昼にね」 「はい! あっ、昨日に引き続きご飯は炊いたんですけど、おかずが冷凍食品ばかりですみません」  町内会の旅行に行っている母親は、今日の夕方に帰宅予定だ。どうしても必然的に、翔太が弁当を作ることになってしまう。購買部で適当に買うよりかは、おかずくらいは冷凍食品で賄おうと思い、逆にご飯くらいは炊こうと考えた。  それに、色々とあったせいで、結局母親が作った弁当を篠原が口にする日はなかった。  約束までしたのに――。  その分、この二日間、翔太は頑張った。 「翔太が用意してくれた弁当。冷凍食品だろうと嬉しいよ。ありがとう」 「い、いえっ」  またあとでね、と言って、篠原と翔太は各々教室へと向かった。  数日前のように、授業中は教師の言葉がひとつひとつ、耳から筒抜けていく。  何事もないように、篠原の前では気丈に振舞おうと頑張るが、どうしても心中どんよりとした気持ちでいることしかできない。  そのせいか、授業の内容も曖昧にしか頭に入ってこない。  頭の中で考えることは、篠原一色。  考えれば考えるほど、不安な気持ちを持ちつつも、篠原に会いたい気持ちが溢れだしてくる。あんなにも不安定な気持ちを抱えていたにも関わらず、それでも好きな人には変わらない。  まずは、昼休みに会う約束をしている。  それまで我慢すればいいのだと思っていても、会いたいという気持ちは変わらないまま強くなっていく。  数時間前までは一緒だったというのに――。  篠原の恋を見守りたいのに、翔太にもチャンスが残っているとわかると、募る想いも曖昧ってか篠原に対する気持ちが加速しているような気がする。一時期、気まずい時間を過ごすこともあったが、それがきっかけでより一層そうさせている。  授業中だというのに、様々な思考を巡らせてしまう。  授業終了のチャイムが鳴ったことにも気づかず、号令で何度も名前を呼ばれたことは人生はじめてで、また素っ頓狂な声まであげてしまったものだからクラスメイトからは笑われてしまった。  少し遅れてしまったが、翔太は弁当を持って屋上へと向かった。待っていると思っていた屋上に篠原の姿はまだなく、翔太はその辺のコンクリートの地面に座り、篠原をしばらく待った。  来るまでの間、ふと空を見上げれば一面に広がる青。  その青さを、翔太はじっと見続けた。  そのまま後ろに倒れ込み、大の字になっても翔太は広がる青い空を眺めながら待っていた。 (芥さんが好きです)  実はこの愛の告白を、一週間限定の最終日である日曜日に告げようと決心している翔太。  残り二日。  あと二日で、翔太の人生がどう変わってしまうのか。  ひと目惚れからはじまり、そして今は偽りの恋人として篠原とお付き合いをしている。  最終日に告白をして、晴れて恋人同士になれるのか否かと自分自身に問いかけても、その答えは「いいえ」だろう。一週間だけ、とお願いをされた日から、篠原には想い人がいるのだ。  告白をしても、断られるに決まっている。  ――ごめん。俺、あの子が好きなんだ。  誰かもわからない「あの子」を想像する。  わかっていても、篠原にそう言われてしまえば、しばらく立ち直れない自信がある。 (だって、運命を感じたんだ)  大袈裟すぎると、傍から見ればそんなことを思われるかもしれない。けれども、篠原を好きな気持ちは、誰よりも一番なはずだと思いたかった。――とはいえ、結局、篠原が誰を好きなのか、翔太はわからないままだ。  翔太の決戦は最終日。  もちろん、篠原も最終日に決着をつけることになっている。  まだまだ不安は拭いきれないけれども、残り二日を篠原の恋人役として全力で楽しもうと意気込んだ。 「――……っ!」  一瞬だけ意識を手放していた。目を覚ました瞬間、勢いよく飛び起き、グラウンドから聞こえてくる楽しそうな声に、まだ昼休みは終わっていないのだと知らされる。弁当を食べる時間はあるだろうかと考えていたが、ふと隣に気配を感じた。 「……芥さん」  二度ほど瞬きし、隣で横になって目を瞑っている篠原を見つめた。篠原の分として作ってきた弁当は、食べ終えて二段ボックス型の弁当をコンパクトにして一段ボックス型へと変わっていた。  屋上に来たのであれば、起こしてくれてもよかったのにと思ったが篠原のことだ。気持ちよさそうに横になっている翔太を起こすまいと、先に自分だけ弁当を食べてしまったのだろう。  そして、横になっている翔太を見て、篠原も食後で満腹中枢が働きはじめたのか、眠気が襲ってきて横になってしまったに違いない。  こうやって、篠原の寝顔を見るのははじめてだ。  綺麗な顔立ちをしていて、寝顔でさえも格好いい。  少しだけ肩を揺らしてみたが、ピクリともしない。そのとき、卑怯かもしれないと思ったが、翔太は唾を呑みこんだ。 (……キス、してみたいな)  眠っている今だからこそ、告白をして駄目だったときの思い出にしたいと、翔太は誘われるように篠原の顔に近づいた。触れるか、触れないかのギリギリの所でハッとしてしまい翔太は動揺した。  翔太の「好き」が、エスカレートしていく。未遂に終わったとはいえ、出来心で唇に触れようとした。 「……ん」  身じろいだ篠原に、翔太は肩を震わせた。  だが、固まっている場合ではないと思い、翔太は篠原に声をかけてもう一度起こしてみた。  すると、静かに瞼が開き、瞳が現れた。 「……おはよー、しょうた」 「おはよー、じゃないですよ、芥さん! 起こしてくれたってよかったのに……」 「だって、気持ちよさそうだったからね。短い時間とはいえ、案外目を瞑ると違うもんだね」  やはりそうだ。篠原は翔太が気持ちよさそうにしていたため、起こさなかったようだ。照れくさそうにむくれている翔太を、篠原は楽しそうに弄ってきた。 「まだ授業には間に合うか……って言っても、あと五分で授業開始だけど、予鈴って鳴った?」  そう言われて、翔太は己のやましい出来事に対していっぱい、いっぱいすぎて、予鈴を聞き逃していた。 「あー……」 「今から教室に行っても授業間に合わないし、翔太は昼もまだだろ? いっそのこと、このまま二人でさぼろっか!」 「えっ……!?」 「お互い、体調悪いと言って早退しよ!」  まさか、篠原がそんなことを考えるとは思いもしなかった。  それからというもの、なんとかうまいこと体調が悪く保健室に寄っていたため授業開始に間に合わなかったのと、その体調の悪さに早退させてほしいということを教師に告げて、クラスメイト含め、みんなから「大丈夫か?」「しっかり寝ろよー!」「だからさっきの授業ボーっとしてたんだな」「お大事に」と言われながら、翔太は教室をあとにした。  屋上から教室へ向かうとき、篠原とはうまくいったら昇降口で待ち合わせしようと約束していた。息を乱しながら昇降口へ向かったが、そこに篠原の姿はなかった。下駄箱周辺を確認するも姿はなく、翔太はうまく早退することができなかったのだろうかと不安に駆られた。  しかし、その不安はすぐに解消された。  体調が悪く早退すると言った手前、昇降口でずっとうろうろするのも、授業のない教師に見つかってしまっては駄目だと感じた翔太は靴を履き、とりあえず学校を出ようとした。  そして、正門を出ようとしたとき「翔太」と声をかけられた。 「ひっ」 「ちょっと、翔太。驚きすぎじゃない?」 「っ、あ……か、芥さん……」 「昇降口でって約束してたけど、一緒に学校出る姿を見られたらまずいかなって思ってさ。先に門を抜けたんだ」 「それならそれで連絡してくれれば……」  頬を膨らませながらぷりぷりと怒る翔太の姿を見て、篠原はそれを「可愛い」と言って、怒られているはずなのに微笑ましくて顔を緩ませていた。 「もう、僕怒ってるんですよ! なに笑ってるんですか!」 「ごめん、ごめん。でも、怒ってる姿も可愛いなって」 「可愛いはさっきも聞きました! ひどいです……クラスのみんなには心配され、嘘を吐いて早退したことに後ろめたい気持ちがあるっていうのに……」 「翔太はクラスのみんなに好かれてるんだね」 「ち、違いますよ! 平凡な僕が好かれている要素なんて……」  少しずつ語尾が小さくなっていく。  照れているのだろうかと思えば思うほど、篠原は心がときめいていた。それがまんざらではない様子の翔太は、照れくささが勝り、篠原から視線を逸らした。じわじわと耳が熱くなるのを感じ、赤く染まっているんだろうなと恥ずかしくなった。 「そろそろ行こっか。いつまでもここにいちゃまずいしね。放課後デートには早すぎるけど、学生服を着たままデートするのって憧れだよ」 「で、でも、補導でもされたら……」 「そのときはそのとき! それとも、俺とデートするの嫌?」  ――そんなことを言われたら、断られるわけないじゃん!  どきどきと胸を高鳴らせながら、翔太は首を振り「嫌じゃないです」と恥ずかしそうに答えた。  すると、篠原は嬉しそうに笑みを浮かべながら、翔太の手を取った。  いつもの手繋ぎ。高鳴っている心音が手から伝わってしまうのではないだろうかと、余計に緊張してしまう。それと同時に、今まで考えていた不安なことが、今だけ一気に吹き飛んだ感覚がした。  そして、お互いに手の温もりを感じながら学校をあとにして、制服デートを満喫することにした。  行きたい場所、見たい場所を回っては、普段寄らないお洒落なカフェに寄ってドリンクをテイクアウトした。  昼間に見た青い空は、気づけばオレンジ色へと夕暮れになっていた。肩を並べ、談笑しながら歩いていたが、篠原の口から現実を突きつけられる言葉が放たれた。 「あと二日。……翔太とこの関係も終わりだね」 「そう、ですね」  嬉しかった気持ちが一気に沈みかけた。 「翔太はさ、俺が告白してうまくいくと思う?」 「それは……わからないです。でも、芥さんはその人のことが好きなんですから、自信を持ってください」  翔太がそう言えば、夕暮れを背景にして篠原は「頑張るよ」と笑みを翔太へ向けた。  ――自信を持ってください。  本来ならば、それは翔太にも当てはまる言葉。  それなのに、その言葉を篠原へ送った。 「最後までよろしくね、翔太」 「……はい」  改めて言われてしまえば、寂しさが募ってくる。  それを諭されないように、翔太は悲しみを含んだ笑みを見せた。
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