番外編①四日目の憂鬱(篠原視点)

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番外編①四日目の憂鬱(篠原視点)

 昨日のこともあり、正直気まずい部分はあった。  体調が悪い、と翔太の母親から聞いて、学校を休んだ翔太。連絡先を交換しているのだから、遠慮せずに「体調が悪いから学校を休む」と、なにかひと言でもいいから連絡が欲しかった。  それなのに、翔太からの連絡は来なかった。  体調を崩してまで休むようなことが、翔太の身になにか起こったのだろうかと、考えても思い浮かばない。  心配で堪らなかった。 (……いったい、どうしたっていうんだろう)  今日で四日目を迎えた今朝、家まで迎えに行けばそこにはいつもの翔太がいた。無理をしていないだろうかと心配するも、「おはようございます」と挨拶する声は元気そうだ。  恒例となっている手繋ぎも、照れくさそうに繋いでくれる。だが、そんな照れくささの中に、落ちつかない様子も少なからずあるように見受けられたが、普段通りとなんら変わりない。  だから、余計に昨日の翔太が気になって仕方がなかった。 (気に障るようなことしたのかな……)  それとも、気づかないうちに傷つけてしまっていたのだろうか。  色んな考えが脳内を駆け巡る。 「……はぁ」  珍しく授業を受ける気にもなれず、午前中の授業をさぼって屋上に来てしまった。次のテストで成績がよければいいか、と呑気なことを考えながら、空を見上げ雲を見つめる。  翔太には、別れ際にお昼を屋上で食べようと約束をした。  そのときは、嬉しそうに微笑みながら、「はい」と返事をしてくれた。気まずそうな雰囲気がなくて安堵はしたが、本当の気持ちはなにを思っているのかわからない。 「んー。それとも、急に押しかけたのがまずかったかな……」  夜遅くに、翔太の家まで押しかけてしまったことには罪悪感もあった。もし、翔太の母親がいれば夜遅い時間にどういうことだと、嫌な目で見られそうだとも覚悟していた。  だが、それはただの妄想であり、実際に翔太の母親は不在。  そのことに、当の翔太も当日に気がついたそうだ。  それから、体調を崩した原因をそれとなく尋ねてみるものの、翔太は特に原因という原因は言わなかった。  もちろん原因も気になるが、もっと気になったことは、恐らく泣いたであろう目元。どう見ても赤くなっていた。そのことについても尋ねてみたが、翔太は「泣きたかったから泣いただけ」とだけ言って、篠原を心配させないように「大丈夫」と、これ以上踏み込んでこないでほしいと言うように制してきた。  なにが「大丈夫」だ。  目元が赤くなるまで泣いておいて。  翔太はなにもかも遠慮しがちだ。  二人の関係性は先輩と後輩であり、そして篠原のお願いで「一週間だけの恋人」にもなった。  一緒にいる間だけでもいい。仮の恋人でも、恋人らしく頼って欲しい。  翔太が篠原ではなく、別の人を好きであったとしても――。  結局、翔太が体調を崩した原因を、最後まで明かすことはなかった。  本当にこれ以上、聞かれたくないのだろう。  ――自分の恋が叶うといいなって思いますか?  そう言って、翔太は話題を変えてきたのだ。  その問いかけに、内心「当たり前だ」と篠原は思ったが、翔太は違ったようだ。  ――自分の恋が叶うよりも、好きな人が幸せになってくれることを、僕は祈ります。  つらいけど、好きな人が不幸になるのを見ていられない――翔太はそう言うのだ。好きな人が幸せになってくれたら、もちろんそれは嬉しい。  だが、できるかぎり、両者とも幸せになりたいものだ。 (……現実はそう甘くもないけどなー)  男同士であり、ある意味賭けでもあるような恋。  ひとつ間違えれば、最悪な結果を招いてもおかしくない。 「それにしても、俺と同学年かー……。誰だろう」  翔太の好きな人。  ひと目惚れをした、と言っていた。  入学してから、一年以上は片想いをしているということになる。  今更ではあるが、翔太の話を聞いて「恋が実るといいね」と、無責任なことを言ってしまったのを後悔した。 「てか、俺まで落ち込んでどうするんだろ……」  自分ひとりしかいない屋上で苦笑しながら、篠原はこれからのことを考えた。  翔太と、この「一週間だけの恋人」として、残りあと三日。  翔太の家をあとにしようとしたとき、「期間が終わる前に告白しようと思ってるんだ」と告げた。このとき、見間違えじゃなければ、翔太の肩が僅かに震えたような気がした。その瞬間、きっと翔太はまだなにか隠しているのだろうと悟った。  自分の気持ちかもしれないし、それ以外のことかもしれない。  けれども、これ以上詮索して、翔太に壁を作られたくない。 (……せっかく、ここまで仲良くなれたのにな)  本当のところ、翔太が誰を想っているのか気になっていた。  むしろ、翔太と一緒の時間を過ごすことで、翔太の存在が気になっていた。  大勢の中にいても目立つわけではない、どこにでもいるような普通の子。もっと考えればよかったのに、思わずあんなことを言ってしまった二人のはじまり。  一緒に時間を過ごす中で、お互いのことを知るきっかけにもなった。  しかし、これでよかったのかもしれない。  だって、本当は……――。 「……さて、と。そろそろチャイム鳴る頃だし、翔太迎えに行こうかな」  どんな方向に転ぶかわからない。  全ては、自分の手にかかっているのだから。  俺も頑張るか――と思いながら篠原は立ち上がり、屋上をゆっくり歩きながら校舎内に消えた。  終わり
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