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「なあなあ、穴の話あるじゃんか?」
前の席に座る山本は、くるりと後ろ向きに座り直し、机に突っ伏していた伊藤に話し始めた。
「あなのはなし……あなのはなし……とは?」
授業から解放された教室は生徒達の声でざわついている。今終わった五限目の日本史を半分以上夢の中で受けていた伊藤は、まだはっきりとしない頭で山本の言葉を反芻した。
「また寝てたろ?」
「……眠くなる授業をやる方が悪い」
「伊藤、日本史起きてたことないだろ。さすがの酒井ちゃんも途中で伊藤のこと睨んでたぞ。伊藤、酒井ちゃんのことナメてるだろー」
何が嬉しいのか、ニヤニヤと山本が告げる。教師を『ちゃん』付けで呼ぶこの男の方がよっぽどナメてると思う。
「で、なんだっけ?あな?」
「ああ、そうそう。ほら、最近この辺りで、穴が掘られてるっていう」
「ん?なにそれ、どういうこと?」
ようやく意識がはっきりしてきた伊藤は、出しっぱなしの勉強道具を片付けながら聞き返した。どうやら教科書によだれの染みは出来ていないことに安堵する。
「あれ、知らないか。伊藤ともあろうお人が」
「どんなお人よ、俺は」
「生粋のミステリーマニア」
「うん、言うほど読まないな。ミステリー」
「読めよ!ホームズを!」
「なぜにシャーロックを強制された」
「三毛猫だよ!」
「まさかの赤川次郎!」
適当な山本との会話は話が進まない。このあとも同じような掛け合いで遊んでしまい、結局帰りのホームルームまでに話は確信に迫らず、続きは放課後へ持ち越しとなった。
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