象牙の腕輪

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 メトロ・マニラのブリッジ・クラブには、ニューヨークのマジソンスクエア大通り顔負けの、ありとあらゆる人種が揃っている。フィリピンは、国際ブリッジ連盟アジア大会開催国にもたびたび選ばれている。伝統を誇るクラブメンバーは、いつでも好きな時にブリッジが出来るように、非公式の集まりにもあちこち所属していた。会員数の多さでは退役軍人クラブが一番で、それも陸海空軍それぞれに集まりがあった。ほかにもボニファシオ教会婦人会ブリッジ・クラブ、各国の大使館クラブ、駐在員クラブがあり、日本人会にも良いブリッジ・クラブがあった。とにもかくにも、ブリッジはこの世で一番面白いゲームである。もちろんマージャンの魔力には抗えないが、一日誰かにつきっきりで手ほどきを受ければ、どんなあほでもまあ会得できる(わたくしのことである)マージャンに比べると、ブリッジは取っ付きの悪い難物で、学校時代よりずっと熱心に勉強しなければ理解で きない決めごとが山ほどある代り、少し分かり始めるとのめり込むほど面白くて、相手さえあれば一日中でも、徹夜してでも続けられる。ご飯を食べる暇さえ惜しんでサンドイッチを発明した、あの伯爵の気持ちがよく分かる。マージャン牌は嵩高いし、じゃらじゃらうるさいけれど、ブリッジは小さなカードが52枚あれば、(私はティファニーの素敵なカードをいつもバッグに持っていた)いつでもどこでも始められる。これは、膨大な数を覚えなければいけない漢字文化と、たった26文字で大宇宙の真理からいり卵の作り方まで表現してしまうアルファベット文化の違いに似ている。ただなぜ誰もサマセット・モームに麻雀を教えなかったのか、私はどうにも理解に苦しむのだ。彼は東洋を大旅行して回り「便所さえ臭くなければずっと支那にいたい」と言うほどのチャイナ通であったのだから、中国にこの遊びがあったことを知らないはずは絶対ない。なのに彼の作品のどこにも     
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