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幸か不幸か、俊英さんには家でご飯を作って待っていてくれるご家族も彼女も一緒に住んでいないようだった。ちょっと大柄な体を森の熊さんと思わせるような笑顔で頷くのだ。これには二人ともやられた。
ところがところが、カナの料理は私の舌専用だ。すなわち、万人が万人その料理をおいしいと思うとは限らない。むしろ私の舌に付いてこられるような味覚の持ち主はごくごくまれだ。ここで、実は俊英さんは私と同じ味覚の持ち主で二人は幸せに結ばれました、と言えたらいいだろうけど、世の中小説のようにはいかない。
実際にカナの手料理を食べたときの俊英さんは表彰ものだった。一瞬森の熊さんの柔和な顔が壮絶にゆがみ、カナに目を向けるときには普段の表情に戻っていたのだ。
あっぱれ熊さん。
カナはその根本的なところに気づかず、健気に料理を作り続けている。
お誘いが上手くいった日には、俊英さんが帰った後、カナは夜まで森の熊さんを熱唱していた。
「あたし、がんばるね」
未来のスターにか、はたまた自分自身にかつぶやいたカナは植木鉢をベランダへと戻した。スターが隠れないように、ちょっとだけ隙間を開けてカーテンを閉める。
「おかーさん、おかーさん、今度俊英さんがお店にいたらご飯に誘ってきてよ」
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