第二話 耽溺

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 弟の胸倉に掴みかかったところで香奈の拘束が解けた俺は透かさず立ち上がる。 「姉弟喧嘩の邪魔しちゃ悪りぃから、俺そろそろ退散するわ」  その喧嘩は俺が原因とも思えなくもないが、これ以上は余計な面倒など背負いたくはない。床からバッグを回収、斜め掛けると玄関にダッシュする。  だが靴に足をつっ込んだところで香奈にとっ捕まってしまう。 「ちょっと待ちなさいよっ!」 「痛てえって。ンな怪力で腕つかむんじゃねえよ」 「最低っ。ひとの弟にまで手を出しておいて、何もなかったみたいに消えるとか神経疑うわよ。都合がよければ女も男も見境なく唾つけまくってさ、あんたどんだけ猿なの馬鹿じゃないの」 「あーはいはい、俺は猿っすよ。つか男には興味ねえし」 「音稀を押し倒してたじゃないっ」 「まだ未遂だっての」 「ふざけんなっ──」  不毛な争いなど趣味じゃねえ。はいはいと適当にあしらいながら腕から魔女の手を払い、「じゃあな。もう俺の周りに湧いてくんなよ」「ストーカーで訴えるぞ」と言ってやった。  まるで金魚みてえに口をぱくぱくさせながら絶句する女。マジうぜえ。リビングのドアから音稀が顔を出し俺を見ているような気がしたが、ふり返ることなく出ていった。
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