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「今週末は休みが取れた。泊まりで温泉にでもいくか」
いったいどうした風の吹き回しか。
唐突な言葉のカウンターを取られた周防 櫂は、手にするグラスを落としそうになる。焦りグラスをテーブルに置く様子が可笑しかったのか、櫂の恋人である西園寺 藤隆はくつくつと笑いながら尚も言葉で櫂を攻める。
「つき合いだしてこのかた、櫂には淋しい思いをさせてきたからな。償いも兼ねて──っちゃあ何だが、たまには恋人らしいこともさせろ」
「素直にうなずいとけ」と西園寺は優しい笑みで櫂を絆す。笑顔に惚れたと言っても過言ではない周防にとって、思いもよらないサプライズと恋人の甘い笑みに胸が躍った。
けれどひとつ気懸りが。西園寺には七つ年下の妹がいて、両親亡きあと彼は父親代わりとして妹の世話をしているらしい。
両親は西園寺が高校生の頃に事故で亡くなったそうだ。
詳しくは周防も聞いてはいないが、学生の身で両親のいない生活を余儀なくされるのがいかに大変かくらい考えるまでもない。
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