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ヨヤミさんは力無くそう言った。僕は驚いた。
人間の血を飲むあやかしが、今ではトマトジュースで腹を満たしているのか。ううん。やはり、あやかしは難しい。いっそのこと、サプリメントで鉄分を取ってはどうか、と思ったが、僕は言うのを止めておいた。
「ああ……。少し楽になったよ。ありがとうマダム。それから……」
「青井です」
「アオイさんか、君の噂は聞いているよ……。もうすっかり有名人だ」
「そんなことありませんよ。まだ、そんなにお客さんに来ていただけていないんです」
「ふふ……。焦らなくても良いんだよ若者よ。時が来れば君もマダムのように大忙しになるはずさ」
「そうでしょうか」
「そうとも」
そう言うと、ヨヤミさんはふらりと立ち上がった。そして、机の上のエコバックを手に取る。
「ではお二人、また会いましょう」
「もう、無理してうろうろするんじゃないよ」
「わかりましたよ、マダム」
ヨヤミさんがぱちり、と指を鳴らす。すると、彼の姿は一瞬で消えてしまっていた。
「さて、今夜はヨヤミちゃんね」
「え?」
「お客さんのこと! 見た? あのだらしのない髪形! もうすぐハロウィンだから、ぜったいセットに来るわ」
「そうですかね」
「絶対そうよ!」
おばあさんは自信ありげにそう言った。本当に、母親と息子みたいだ。
今夜、彼が来てくれるならどんな髪型にしたらいいのか……。僕は弱ってぼさぼさだったヨヤミさんの髪形を思い浮かべながら、心の中で低く唸った。
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