きになるあのひと

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「そうしてもらえると私も嬉しいです。独りでずっとこうしているのは退屈で」  私はその木の下で馬を下りた。鞍をはずし、旅の荷物を下ろしてやると、馬は静かに木陰に生えた草を食みはじめた。私もその傍らに腰を下ろし、随分固くなってしまった干し肉をかじった。 「何かお話をしてくれませんか。ここではないどこかの話」 「そうだな、ああ、君を見てちょうど思い出したことがある」  私は皮袋の水を少しずつ飲みながら話した。 「ここからずっと北西、旧教の諸侯たちの領土よりももっと北に、大きな河が流れている。海に流れ込まずに、広い川幅のまま、最後は地面の割れ目に注ぎ込んで見えなくなる、珍しい河だ。古代の人々が、忘却の河につながっていると信じた河だよ」 「忘却の河って何ですか」 「人が死ぬとその魂が行くところが冥界。冥界と我々の世界を隔てるのが忘却の河だ」 「ぼうきゃくって、忘れるって意味でしょう」 「そうだ、その河を渡った魂は、新しい生き物に生まれ変わってこの世に返ってくると、古代の人々は信じていた。前世の記憶をすっかり忘れてね。まあ、大体の場合は」  彼女は包衣の中で興味深そうに目を丸くしていた。そんな不思議な話は聞いたことが無い、という顔だった。     
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