第1章

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「ええっ。今から?もう遅いよ」 和俊の声は届いていないのか、一人でどんどん先を歩いて行く。紘一の背後を、遅れないように、ついて行くのに精一杯であった。 もう九月に差し掛かったとは言え、首の後ろや背中を照りつける夕日は、肌を刺激する。 アスファルトから立ち昇る熱気にも当てられ、何度も袖で顔の汗を拭う。紘一も、時折帽子を外しては、右手に持って、自分の顔を仰いでいた。 「あった!」 暑さと汗の気持ち悪さから、帰りたい気持ちが高まった頃、紘一の足が止まり、溌剌とした声が上がった。突然の事に、飛び跳ねそうになる。 「え。何が?」 「お前、目の前見ろよ。ほら、でかい空き家があるだろ」 額に浮かんだ汗を右手で拭いながら、和俊の目の前にそびえ立つ、一軒家を指さす。 「前から、ここは隠れ家とかにいいなって、思ってたんだよ」 和俊は目の前にある物件に目をやる。確かに、周辺に人の気配は無く、道路も近くに無い為、誰かに見られる心配も少ない。日もあまり差し込まない為、湿度がこの周辺だけ、異様に高い感覚がある。 黒塗りの門扉の真ん中には、大きな文字で空き物件の印字がされている。しかし、かなり年月が経っているせいか、もうほとんど判別が出来ない程に、印字は茶色くかすれていた。 「けど、空き家だよね。入っていいの?」 「だいぶボロっちいから、誰か入っても何も言われないよ」 「そうかな……」 怯えと憔悴しきった表情で、紘一のほうを見やる。紘一はそんな和俊の表情を見ても、笑顔を絶やさず、勇ましい足取りで、空き家の周辺を探索し始めた。 空き家は二階建てではあるものの、外から見ても、すでに廃墟と化している事は、子供の眼から見ても明らかであった。 ボロボロになった外壁。門扉も錆がひどい為、素手で触る事に嫌悪感を抱く。試しに、門扉が開かないか、紘一が両手で引っ張ったり、押したりしていたが、びくともしなかった。 空き家の周辺には、取り囲むように、高さ約二メートルはある木製の塀が立てられていた。取り囲んでいる塀を、じっくりと見てまわる。 一か所だけ、塀の剥がれた場所を見つけた。 木製である為か、長い年月のせいで劣化し、剥がれたと思われる。子供一人なら、くぐって中に侵入出来そうな大きさである。  「ラッキー!早く、入ろうぜ」
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