遺書

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 すまぬという気持ちをまったく感じないわけではない。いや殺したということに関してはあまり後悔はしていないけれど、それでも私は人間でありますから、心がまったく百パーセント、染まりきるということはなかなかできません。そりゃ少しは悔やみます。しかしそれ以上に、私にはやり遂げたという気持ちが強い。  私は、この私は、もう悲しいくらいに昔から馬鹿にされてきた。そして私を馬鹿にする人間は例外なく、あのにやけ顔をする。口元をわずかに歪めたあの顔を。  人間が、この人間は自分より下だと判断したときのあの顔。  醜悪極まりない。  私が殺した渡辺春香もこの顔の持ち主であったから殺されたのです。私は一生をかけて何事も達成できなかった人間だけれども、この顔つきの者を一人殺せたことは良かった、達成できたと思うわけです。  激情に任せてあっさりと殺したことは反省すべき点であるけども、やはり私はこれで良かったのです。  私は彼女を殺したあと、周囲に人影がないことを確認すると、そのまま公衆便所に入って排泄し、手を洗いました。なぜそういう行動をしたのか今となってはちょっとよく解りませんが、自分の中の汚い何かを洗い流し、かつ捨て去りたかったのだと思います。  渡辺春香の事件は翌日の新聞やテレビで報道されました。私が渡辺春香の名前を知っているのはこの報道からです。渡辺の両親は夜になっても戻らない彼女を心配して、警察に通報し、捜索開始。彼女はその日の夜に遺体で発見された、と報道にはありました。     
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