遺書

7/15
前へ
/15ページ
次へ
 忘れているなら、それはそれでいいのです。幸せなことです。そのままで、どうか忘れたままでいてください。  ですが、どうやったら忘れられるのでしょうか。気が付いたら忘れられるのですか。人間はそんなに便利な脳みそをもっているのでしょうか。  そうなると私の脳みそはやはり欠陥品だったということになりますが……。  やはり私は欠陥のある人間なのかもしれません。  私にはできない。  私は、私を侮辱した数多くの人間の罵り顔を忘れられない。  お前たちがそれほど偉いのか。頭をかち割ってやりたい、家に火を点けに行ってやりたい、思うさまいたぶってやりたいという深い深い感情がある。  だが私はそれができない。怒る勇気がない。  私はこれほど恨みの一念をもっておきながら、復讐をしない。  それは思いやりとか優しさとかそういうものではなく、もっと情けないなにかではないだろうか。そう思います。  ああ、忘れたい。  昔の、今さらどうにもならない恨みを、怒りを、忘れたい。やつらの顔を忘れることさえ出来たならこんなことにはならなかった。  誰か教えてください。恨みを忘れる方法、こらえる方法を。  そのやり方をどうか教えてください。私の墓前に報告してください。     
/15ページ

最初のコメントを投稿しよう!

13人が本棚に入れています
本棚に追加