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ある日の晩、深い眠りに就き夢は一瞬も見なかった。
次の日の朝、久しぶりに武史の声も聞かず怖い夢も見なかった事に少しだけホッとした。
だが、ベッドサイドに置いた写真立ての中の武史と目が合った瞬間、
「武史の分まで幸せになってね。」
武史の母が言ったあの言葉が頭の中を反芻した。身動きが取れなくなる。
『お前なんか幸せになんかさせない。』
『お前だけに幸せになんかさせるものか。』
そう武史に言われているようで、息もうまく吸えないような感覚に陥る。
「そんな事無い・・!武史はそんな事言う人じゃない!」
写真立てに向かってそう叫んでしまった。
朝の身支度を終え出勤し、帰宅した後夕飯を食べ風呂に入ってから寝室に入った。
なんとなく何もする気にはなれず、ふとベッドサイドの写真立てを眺めた。私と武史のツーショットの写真。写真の中で二人は笑っていた。
だが、良く見てみると今まで気づかなかっただけで写真の中の後ろの方に小さく人が写っていた。写真立てを手に持って良く見てみる。
小さく写っていた人は男だった。しかもカメラ目線。薄気味悪い笑い顔で私たちと一緒に写真に収まっていた。
「ひっ・・・!」
思わず写真立てをベッドに投げてしまった。せっかくの思い出が。武史との楽しかった思い出が。
もうこの写真は見れない・・そう思いそっとクローゼットの奥深くの思い出をしまう箱の中に写真立てのまま入れた。
その晩はなかなか寝つけなかった。
思い出さないようにしていたが、クローゼットにしまった写真のあの小さく写った男の薄気味悪い笑い顔が頭から離れなかった。
やっと眠れたと思ったら、いつもとは違う夢を見た。
今度は海辺をドライブしている。助手席に私、運転は武史だ。その時、カーブを曲がり損ねて崖から落ちてしまったのだ。
そして、いつも夢で囁いてくる男の声で
『お前は三年後、恋人が死んだ日と同じ日に事故にあって死ぬ。絶対だ。』
ここで目が覚めた私は、冷や汗をかいていた。
私も死ぬ。三年後の武史が死んだ日と同じ日に。
「でもこれは夢だ。絶対に夢だ。現実な訳ない・・!」
だが、今まで囁いてきた男の声は、はっきりとクリアに、その事が事実であるかのように聞こえた。
この日を境に、変な夢を見る事は無くなった。それと同時に武史を夢で見る事も無くなった。
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