きれいな瞳のその人は

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 船宿が立ち並ぶこの町で、宿とよろず屋を兼ね備えた、ここ「東雲屋」で私は働いている。戊辰の戦で周りのいろんなことが変わってしまったけれど、この店はなんとか創業50年を無事に迎えていた。  少しずつ、洋装の人が増えたり、ざんぎり頭の人を見かけるようにもなった。でも、ここは時代に取り残されたみたいに、町の名前が「東京」に変わっても、「江戸」時代と何の変わりもない。  江戸の頃からよろず屋の看板を掲げているこの船宿には、毎日毎日、いろんなところからいろんな人がやってきては、いろんな用事を言いつけてくる。もちろん、旦那様は鋏を研ぐ職人ではないから、今日みたいな依頼を受けた時には職人を紹介するに過ぎないのだけど。  吉太郎さんは、鋏を研いで欲しいと言っていたのに、鋏を持ってきてはいなかった。  なぜなのか、私は知っているようで知らない。  少なくとも、あの人がここに来るのは初めてではない、ということだけは知ってる。  この前は、人探しをしているという浪人風の「又次郎」という男だった。その前は、「飛脚の清兵衛」だと言い、これから遠くに手紙を届けると言って、この船宿に一泊していったのだ。その時は、今日と違って飛脚がよく使っている背負子(しょいこ)を持っていたけれど。  髪型も服装もいつも違うし、一度は簡単なお化粧をして目つきの悪い時もあった。  それでも、私には吉太郎さんも、又次郎さんも、清兵衛さんも同一人物だってわかる。  だって、あのきれいな瞳は、一度見たら忘れられないから。  もう1つだけわかるのは、あの人と旦那様が、何か人に言えないようなことを企んでいるのだろうということ。たぶんあの人は、警察とかいう最近できた岡っ引きみたいな人たちに目をつけられないように、毎回変装してるんだわ。  面倒なことには巻き込まれたくない。女中風情は知らぬ存ぜぬ、見ぬふり聞かぬふりで日々をやり過ごすのが一番なの。  でも、あのきれいな瞳だけは、吸い込まれるように見てしまう。彼に、気づかれていなければいいのだけど。
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