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赤いマニキュアに彩られた指が恭介の頬を撫でた。女の興奮がそうさせるのか、薄っすらと開いた口元から舌が覗きフッと熱い息が顔に吹きかけられ、再び濃くなる香水の匂いに酔ったように意識が朦朧とした。
親戚の勧めで十歳の頃からモデルを始めた。
早く大人になりたかった。
早くこの家を出たかった。
本当は誰かに助けて欲しかったのに──どうしても声は出なかった。
男子からは疎まれることも多かったけれど、学校でも家でもうまくやっていたつもりだった。
──やっとのことで保っていた心のバランスが崩れ去るのは一瞬だった。
「ねえ、恭介も触って……お義母さんに」
いやだ。
いやだ──だれかたすけて。
のしかかられ、揺さ振られる身体。目を閉じていても耳と鼻から女の気配が色濃く漂い、やがては深く暗い闇に飲み込まれそうになる。
(気持ち悪い……っ、気持ち悪い!)
耐えられず声を上げると、自分を〝母〟だと言う女の悲鳴と慌ただしく閉まるドアの音。
ああ、やっと終わったのかとベタつく身体をシーツに沈ませて、恭介は眠りに落ちた。
眠りに落ちる瞬間、周りを見回すと部屋の景色は朧げだった。
わかっていてもこれが夢であることに安堵の思いが広がった。
一
「またこの夢かよ……」
今でも過去のトラウマに平穏なはずの眠りすら蝕まれているかと思うと、本当に厭わしくてならない。
まだ残暑の残る九月下旬。昼になると三十度近くまで上がる外の気温とは異なり、部屋の中はマンションの空調管理システムにより一定の温度を常に保っている。
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