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夫5
妻と子が出ていき、1週間が経った。
「なあ、夜飲みにいかないか?」
秘書に声をかけてみた。
「え!」
「嫌だったらいいんだ。他の人奴らも誘って、店もどこでもいいし、もちろん会計は全部持つよ」
「嫌だなんてそんな!嬉しいです。…でも珍しいですね、いつもご家族のもとへすぐ帰る社長が。喧嘩でもされたんですか?」
「…離婚したんだ」
僕は書類に目を通しながら答えた。
「え?本当、ですか?」
「妻も子も出ていったよ。…あの家に帰りたくないんだ」
「…社長、今夜の食事は私だけでもよろしいでしょうか?」
彼女は真っ直ぐに僕を見つめてきた。
「君がいいなら、別に」
「社長の愚痴を聞くのも秘書の務めですから」
「…頼もしいね」
僕らは仕事終わり、美味しいと話題のイタリアンレストランに来た。
「ずっと来たかったんです」
「美味しそうだね」
「何飲まれます?」
彼女は僕の方にメニューを向けてくれた。
「君は何を飲むんだい?」
「えーっと…赤ワインにします」
「じゃあ僕もそれで」
「社長、お酒飲まれるんですか?」
「ああ、たまには飲もうかと思ってね。あと仕事終わりなんだ、社長はやめてくれ」
「じゃあ…香坂さん」
その後、適当に頼んだ料理が次々と運ばれてきた。
「食事とか、どうされてるんですか?」
「外食とか、面倒なときはスーパーで弁当を買うとかかな」
「栄養偏っちゃいますよ。そうだ、今度私ご飯作りに行きましょうか」
「いいよ、仕事終わりにも僕に気を使うなんて疲れるだろ」
「…そんなことは」
僕は料理をワインで流し込んだ。
「あの、離婚の原因って、何だったんですか?」
「妻の浮気だよ。他に好きな男がいたから別れてくれって」
「そんな、ひどすぎる」
「最初から愛していなかったんだ、僕のことなんて」
あの日のことを彼女に話した。
「そんな、香坂さんは何も悪くないじゃないですか!…元奥様を悪く言うようであれですが、ただ自分を正当化するための言い訳ですよね」
「ありがとう」
「私だったら、優しくて、家族思い香坂さんに、こんな思いさせないのに…」
「君みたいな優しい秘書がいてくれるだけで僕は嬉しいよ」
彼女は少し悲しそうな顔をした。僕は妻との嫌な思い出を忘れようとひたすら強い酒を飲み続けた。
「香坂さん、大丈夫ですか?」
「…あぁ、うぅ」
完全に飲みすぎた。店を出ようと立ち上がったとき、ふらっときて、自分が飲み過ぎたと気づいた。
彼女は僕を支えてタクシーに乗せてくれた。
「…香坂さん、お家、どこでしたっけ?」
「…あの家には、帰りたくない」
「じゃあ、私の家に行きましょうか」
「…ああ」
『他に女でも作ってくれればいいのに』
妻の声が聞こえた気がした。
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