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私はもともと自分の感情に疎い性格であり、よく知ろうともしない。自分から他人のために動くということはあまりせず、いつも他人の選択に身を任せていた。
私は今までの人生で他人に強い感情を持ったことが2回だけある。
1人目は暁介さん。32歳にして初恋だったのだと思う。初めての感情だったが、直感的にこれは愛であり、この人と一緒にいなくてはいけないと思った。
2人目は夫の母親である。嫌いとか、苦手とかそういうのよりも先に恐怖が勝つ。正面に立たれるだけで蛇に睨まれた蛙のように動けなくなるのだ。
私が夫を愛さずに結婚したのはこの人が原因だ。
近所に住んでいた夫は高校生だった私を見て一目惚れした。次の日に私の家の前で待ち伏せし、赤いバラの花束を持って私に告白してきた。
5歳上で就職したて、新しめの高そうなスーツを着た成人男性が家の前でバラの花束を持っていれば普通警察に通報するのではないだろうか。お金持ちっぽいと喜ぶ人とはいても、世間一般の人はイケメンじゃないと許さないだろう。
だが、私はさっき言ったように他人に特に感情を持たない。とりあえず学校行くのでとその人の前を通り過ぎた。 学校から帰宅して数秒、靴を脱ぐ暇もなくインターホンが鳴った。ドアを開けると見知らぬ女性が立っていた。
ドアを閉めろ、脳の中でその言葉がぐるぐる渦巻いていた。だが、私の体は動かなかった。
その間に、お付きの人にドアをしっかり掴まれ開けられる。
「こんにちは、鷺本秋華さん。私は、香坂弥栄と言います。よろしく」
弥栄と名乗る女性は深くお辞儀をした。なぜだろう、とても、怖い。
「あ…」
口が上手く回らない。あれ、どうしてこの人…ワタシノナマエヲシッテイル?
「香坂さん!?どうしたんですか」
後ろで父の声がした。ギギギと重い首を回す。
父の知り合いか、良かった、これでこの人から解放される。
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