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炎はあさひの鼻先でくるりと一回転すると、雪のように真っ白な狐の姿になった。
ススキの穂のようにふわふわの豊かな尻尾を左右に揺らして宙に浮いたまま、あさひの顔をのぞきこむ。
反射的にあさひはのけぞった。
「おやおやこれは珍しい。人の子がまほろばの温泉郷にいるなんて。うっかり迷いこんだかな?」
「それがねえ白夜(びゃくや)や。そこのおじょうさんは、ちゃあんと切符を持っておいでなのさ」
「おや」
白狐は面白そうに、琥珀を思わせる色の目を細めた。
ぴんと尖って形のいい右の耳につけられた金色の鈴が、りんと涼やかな音を立てる。
「それはますます珍しいね。もしや姫神がお呼びになったのかなあ?」
「いいや、ここは湯守が姫神から預かっている領域さ。いかな姫神とて、湯守のすることにそうそう口出しはすまいよ」
「ふうむ。それはそうだ。となると湯守が呼んだのかなあ。いずれにしても、湯守に訊いてみないとね。面白い。実に面白いよ」
枯れ木のようなオババと白夜(というのがこの白狐の名らしい)、奇妙なふたりは、あさひを置いてどんどん話を進めていく。
もうこうなっては、どこからどう驚いたらいいのかわからない。
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