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やがて車内が空になると、ドアはまたひとりでにプシューと閉まり、ゴトンゴトンと車輪の音を響かせながら、何処かへと去っていくのだった。
「こと人間の場合、山で命を落とした者以外がここに来るための手段は姫神に切符をいただくか、温泉の番人たる湯守に切符を発行してもらうかの二通りしかない。どうやらきみは何らかの理由があって、湯守の切符を渡されたのかな」
白い狐の言葉を、あさひはまるで異国の言語を耳にするような心持ちで聞いていた。
白夜は何かいいことを思いついたように、琥珀色の目をきらりと輝かせた。
「そうだ! ぼくが湯守のところまで連れていってあげようか! 湯守なら帰りの切符をくれるかもしれないよ」
「えっ」
「それはいいねえ。あんたがついててくれるなら、安心だよ」
オババはまるでこれで一件落着だとでもいうように目を細める。
が、身の振り方を勝手に決められてしまったあさひはそれどころではない。
「で、でも……」
「ここでただ待ってても帰れやしないよ。あんたは帰りの切符を持ってないだろ?」
「たしかに、持ってない、ですけど……」
どうせここ、無人駅みたいだし。
電車が来たらとりあえず乗ってしまえば、こっちのものでは……。
そんな考えがあさひの脳内を過ぎったことに気づいたかのように、オババは「ひひひっ」とひとしきり笑った後で言った。
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