第一話 まほろばの温泉郷

15/39
前へ
/180ページ
次へ
 白く細長い陶板のような素材でできた注意書きが、板壁に釘でとめられている。   当宿自慢の露天風呂は右へおゆきください   豊富な種類が自慢の内湯は左へおゆきください 「そうそう。ここの宿の露天風呂はすごく広くて気持ちいいんだよー。せっかくだし、入ってく?」  前足でちょんちょんと行く先を指し示し、白夜は目を細めた。  廊下はここでYの字に分かれている。 「あたし、別に温泉に入りに来たわけじゃないんで……」 「なーんだー」  白夜はがっくりと肩を落とした。 「そうだよね。きみは湯守に会いに来たんだったよね」 「はい……」  あまりの白狐の落ち込みように、あさひはどこか申しわけない気分になってくる。  それはそうだ。  白夜は温泉に入ることがそもそもの目的で、あくまであさひには親切で付き合ってくれているのだから――たぶん。    もしここに祖父がいたら、何と思うだろう。ぽつりとあさひは思い出す。  深い山に分け入り、鹿を撃つ猟師だった祖父は、山で見聞きする不思議な出来事について、寝物語にあさひに語ってきかせてくれたものだ。  あさひたちの住んでいた遠野や花巻のあたりでは、昔から狸や狐に化かされる話が多かったそうだ。     
/180ページ

最初のコメントを投稿しよう!

528人が本棚に入れています
本棚に追加