528人が本棚に入れています
本棚に追加
白く細長い陶板のような素材でできた注意書きが、板壁に釘でとめられている。
当宿自慢の露天風呂は右へおゆきください
豊富な種類が自慢の内湯は左へおゆきください
「そうそう。ここの宿の露天風呂はすごく広くて気持ちいいんだよー。せっかくだし、入ってく?」
前足でちょんちょんと行く先を指し示し、白夜は目を細めた。
廊下はここでYの字に分かれている。
「あたし、別に温泉に入りに来たわけじゃないんで……」
「なーんだー」
白夜はがっくりと肩を落とした。
「そうだよね。きみは湯守に会いに来たんだったよね」
「はい……」
あまりの白狐の落ち込みように、あさひはどこか申しわけない気分になってくる。
それはそうだ。
白夜は温泉に入ることがそもそもの目的で、あくまであさひには親切で付き合ってくれているのだから――たぶん。
もしここに祖父がいたら、何と思うだろう。ぽつりとあさひは思い出す。
深い山に分け入り、鹿を撃つ猟師だった祖父は、山で見聞きする不思議な出来事について、寝物語にあさひに語ってきかせてくれたものだ。
あさひたちの住んでいた遠野や花巻のあたりでは、昔から狸や狐に化かされる話が多かったそうだ。
最初のコメントを投稿しよう!