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だが祖父いわく、それはけっして昔話の中だけのものではなくて、祖父や祖父の知り合いも、不思議な体験をしたことがあるらしい。
祖父は夜、狩りの途中で日が暮れて、火を熾して野宿しているとき、幾度も青白い狐火を見たという。
祖父の知り合いで普段は林業を営む猟師は、自分と猟犬以外はだれもいないはずの深山で、ギーコギーコと木の幹を鋸で引く音を聞いたそうだ。
しかも、ザザザザと周囲の木々をかきわけ、ドーンと地響きを立てて倒れる音まで。当然、そんな音をさせている者の姿はどこにも見えないし、倒れた木もなかったそうだ。
山仕事をする人々の間では、こういうものはたいてい、狸か狐のしわざだということになっているらしい。
「そうだ。そういえばまだ君の名前、きいてなかったね」
白夜はたっぷりとした尻尾を揺らしながらふりむく。
もし祖父が生きていて、ここにいたなら、きっと大切な孫娘が狐に化かされていると思っただろう。
いやもしかして、とうに化かされているのかもしれないが……
「あさひっていいます」
「へえ、あさひちゃんか。きれいな名前だね」
「ありがとうございます。母がつけてくれたんです。……あの、ところで、どっちに行くんですか?」
「そうだねえ。じゃあ右に行こうかな」
「湯守さんは、露天風呂のほうにいるんですか?」
「わかんない♪」
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