第一話 まほろばの温泉郷

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 だが祖父いわく、それはけっして昔話の中だけのものではなくて、祖父や祖父の知り合いも、不思議な体験をしたことがあるらしい。  祖父は夜、狩りの途中で日が暮れて、火を熾して野宿しているとき、幾度も青白い狐火を見たという。  祖父の知り合いで普段は林業を営む猟師は、自分と猟犬以外はだれもいないはずの深山で、ギーコギーコと木の幹を鋸で引く音を聞いたそうだ。  しかも、ザザザザと周囲の木々をかきわけ、ドーンと地響きを立てて倒れる音まで。当然、そんな音をさせている者の姿はどこにも見えないし、倒れた木もなかったそうだ。  山仕事をする人々の間では、こういうものはたいてい、狸か狐のしわざだということになっているらしい。 「そうだ。そういえばまだ君の名前、きいてなかったね」  白夜はたっぷりとした尻尾を揺らしながらふりむく。  もし祖父が生きていて、ここにいたなら、きっと大切な孫娘が狐に化かされていると思っただろう。    いやもしかして、とうに化かされているのかもしれないが…… 「あさひっていいます」 「へえ、あさひちゃんか。きれいな名前だね」 「ありがとうございます。母がつけてくれたんです。……あの、ところで、どっちに行くんですか?」 「そうだねえ。じゃあ右に行こうかな」 「湯守さんは、露天風呂のほうにいるんですか?」 「わかんない♪」     
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