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「だーいじょうぶ。湯守の目が届くところで、悪さするやつはいないから」
その湯守さんになかなか会えないんですけどね……
あさひは引きつった顔のまま、白夜についてゆくしかなかったのだった。
それからまたしばらく歩くと、ふんわりと温かい空気の流れを肌に感じた。
目の前に初めて現れたのは、ガラスのはまった二枚の木製の引き戸。それぞれに男湯と女湯と染め抜かれた、藍と朱の暖簾が掛かっている。
ここでお履物の泥は落としてください
遠いところ おつかれさまでした
どうぞ こころゆくまで ごゆっくりなさってください
みたび登場した陶板に、あさひはそれまでよりも幾分落ち着いて対峙することができた。
(うーん。何だっけ、こういうの。どっかで読んだことがあるような……)
首を傾げて腕組みしているうち、思い出した。
(宮沢賢治の「注文の多い料理店」だったかな)
小さい頃、図書館で借りて何度も繰り返し読んだ物語だ。
狩人たちが迷いこんだ不思議な料理店には人影がなく、扉をひとつひとつ潜り抜けていくたびに、やれ壺の中の塩を体にすりこめだの、やれ服を脱いで金属製のものは外せだのという奇妙な注意書きがあるのだ。
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