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列車の窓に映るのは、疲れた顔の女性だ。このところの乾燥で、頬と口元が粉を吹いている。しばらく伸ばしっぱなしの、ひっつめの黒髪には、まだ二十代だというのに、生え際のあたりにちらりと白いものが見えた。
銀の盆のように明るい月が、雪をまとった山の稜線と田圃を照らす。薄絹のような霧にやさしく包まれて、月もゆっくりとその貌を隠しつつあった。
そんな風景を眺めながら、あさひはまたうとうとと眠りに落ちていったのだった。
次にあさひが目を覚ましたのは、列車がどこかの駅に停車したときだった。
『えー、次は終点。まほろば温泉駅ぃ~、まほろば温泉駅ぃ~』
童謡「ふるさと」のメロディに乗せて、車内にアナウンスが流れる。
冷水を頭から浴びせかけられたように、あさひはがばりと体を起こした。俯いて寝ていたせいで首が痛んだが、それどころではない。
『このたびは、まほろば電鉄をご利用いただき、まことにありがとうございました。どなたさまも、お忘れものにご注意ください』
いつの間にか、乗客はあさひひとりだけになっていた。
(もしかして乗り過ごした?)
あわてふためいてバッグを肩にかけ、ホームに飛び出す。
直後、プシューという空気音とともに、無情にもドアは閉まった。
行先表示が「回送」に変わった列車は、呆然と見送るあさひを残し、車輪の音を響かせて霧の中を走り去ってしまう。
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