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片隅に置かれたタバコと缶ジュースの自動販売機は、時が止まったように白く埃をかぶっていた。
改札口の斜め向かいには、壁に埋まるようにしてこじんまりとした売店があった。
「おやまあ、こりゃあ珍しい」
北風のようにしゃがれた声がした。
あさひはびくっとしてすくみ上がる。
狭いスペースにうずたかく積まれた新聞や菓子などの間に埋もれるようにして、小柄な老婆が座っていた。売り物と同化していて、まったく気づかなかった。
真っ白な蓬髪には、木の葉のかけらのようなものが絡みついている。身につけているのはだいぶ着古した印象の半纏。眉毛はほぼないといってよいほどに薄く、頬はたるみ、刻まれた皺は深い。
目だけがどんぐりのようにぎょろりとして黒く大きく、たるんだ瞼の間からあさひを見すえていた。
驚きで声も出ないあさひに、老婆は「ひひひっ」と楽しげに笑う。
「ここは無人駅だからね。切符はそこの箱に入れな」
そう言って老婆は、改札口にちょこんと置かれた、賽銭箱のような形の木箱を指さした。
そうだった、切符切符。
あさひはコートのポケットを探る。手に触れた切符の感触に安堵して引っ張り出して、どきりとした。
そこには「土沢→まほろば温泉」と印刷されていたのだ。
あさひは絶句した。こんな切符、買った記憶はない。
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