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「このあたりの土地をおさめる姫神さまは、そりゃあ器量が悪くてねえ。こいつみたいに、自分より不細工なものを見ると、安心するのさ。ここじゃ、何より役立つお守りだよ」
「は、はあ……」
あらためてあさひはオババの手の中に目を落とした。
神さまだお守りだと、観光でもしているときならともなく、こんなときに言われても困るだけだ。
どうやって断り、さっさと盛岡に戻ろうかということばかり逡巡していたあさひだったが、ふと頭の片隅から聞こえてきた声があった。
「このあたりの山にはね、女の神さまがいるんだよ。だから昔は、女のひとは山に入っちゃいけないって言われてたんだ」
あれはまだ幼稚園に通っていた頃のこと。
手を繋いであぜ道を歩きながら、そう言ったのは亡き祖父だった。
冬がすぐそこまで迫っていた。紅葉の盛りを過ぎた木々は、はらはらと葉を落とし、空は灰色に染まっていた。
東北地方の晩秋の空――とりわけ黄昏どきの空は、わけもなくさみしさを胸にしみこませてくる。
それは幼い子どもにとっても例外ではなかった。
あさひは祖父のあたたかくて大きな手を、ぎゅうっと両手でにぎりしめた。
「どうして? じゃああさひも、お山に入っちゃいけないの?」
「姫神さまは、ちょっとだけ焼きもちやきなんだ。だから、あさひみたいなかわいい子がお山に入ると、焼きもちをやいてしまうんだよ」
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