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「えー、そんなのやだよう。あさひもおじいちゃんといっしょにお山に行きたい」
「だからね、昔のひとは『オコゼ』の干物を持って山に入ったんだ」
「おこぜ?」
「そうだよ。オコゼっていうのは、見た目がとってもこわいお魚でね。それを持っていると、姫神さまは『ああ、自分よりも器量が悪いものがいた』と思って安心しなさるんだよ」
「おじいちゃんはおこぜ、持ってるの?」
すると祖父は、たっぷりと白いひげをたくわえた顔を横に振って、からからと笑った。
「いいや。実をいうとね、おじいちゃんもまだオコゼって見たことがないんだ」
「なあんだ、そうなんだあ」
「実は今の話も猟師仲間から聞いたのさ。一度でいいから、おじいちゃんも見てみたいと思ってるんだよ」
祖父は普段は農業に従事していたが、農閑期には地元の花巻市や近隣の遠野市の奥山にわけいり、鹿や猪を撃つ猟師だった。
なつかしさで胸がいっぱいになる。
あのとき祖父が言っていたのは、この枯れ木のようなオババのオコゼみたいなものだったのだろうか。
そう思ったら、つい代金を尋ねていた。
ばかみたい。こんなの持ってたって、どうにかなるものじゃないのに。それより、あんた今日から無職でしょ。少しでも節約しないといけないんじゃなかったの、あさひ。
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