第一話 まほろばの温泉郷

8/39
前へ
/180ページ
次へ
 自分自身の罵倒に耐えていたあさひに、オババは「あんたの持ってるものと交換でいいよ。ひひひ」と笑いかける。 「交換?」 「そうともさ。ここの売店では、銭はいらないよ。ほしいものがあれば、代わりに何かを置いていくんだ。それがここでのならわしさ」    わけがわからないことばかりだ。  だけど言い出してしまった手前、この奇妙な取引を終わらせるには、オコゼのお代になりそうなものを渡すしかない。  困ったあさひはバッグの中に手を突っこんだ。その指先に、ひんやりとした小さなものが触れる。取り出してみると、キラキラしたボタンだった。  それを見て思い出した。  カーディガンのボタンが腕時計のベルトに引っかかって取れたのを、後で直そうと思ってバッグに入れてそのままだったのだ。 「ああいいね、それでいいよ」 「えっ、これですか?」 「さっきからそう言ってるだろ。ほれ。さっさとお寄越し」  オババに急かされて、あさひはボタンを渡す。  引き換えに、オババはオコゼを小さな巾着袋に入れて渡してくれた。輪になった長い紐がついている。 「そいつを首からかけときな。お守りだからね」 「は、はあ……ありがとうございます」    こわばった声で礼を言い、あさひはぎこちなく紐を頭から通した。     
/180ページ

最初のコメントを投稿しよう!

528人が本棚に入れています
本棚に追加