第1章  第1節 『余命宣告』

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それは、窓の外で蝉が命を燃やす季節。 つい先日、最愛の親と最愛の妹を交通事故で亡くした僕に告げられたのは、慈悲も何もないものだった。 「最」愛という言葉を二度も使ってしまうほど、僕は思春期の少年にしては珍しく、家族を愛していた。 冷房から送られる冷たい風が、僕の頬を撫でる。 「一幸くん、君の余命はもってあと半年だ」 白衣を着た男性は決まりの悪そうな顔をしている。中年太りで眼鏡。医者の不養生とはまさにこのことだ。 僕は告げられた言葉を理解するまでに少し時間がかかった。 先ほどまで五月蝿かった蝉の声も、遠くの方で微かに聞こえる程度だ。 物事を考えるのには丁度良い静寂だ。 医者は事の顛末を話しているようだが、何も聞こえない。 ただゆっくりと静かに流れる時の中で、自分の名前の皮肉さに苦笑する。 一番の幸せ者に成れるようにと親がつけた一幸(かずゆき)という名前に。 まだ15年しか生きていない僕。 15年と半年で死ぬ事になる僕は、一番の幸せ者だったのだろうか。 そもそも幸せとは?? 「そうですか…」 僕はなんとか言葉を紡ぎ出した。静かな、いや、静かすぎるこの空間に耐えられなかったのだ。 医者は眼鏡の奥で丸くなった目で僕を見つめた。 どうやら彼の説明はまだ終わっていなかったらしい。 それをよそに僕は立ち上がって、ふらふらと部屋を後にした。 心情を察してくれたのか、医者は追ってはこなかった。 有難い。兎角今だけは一人になりたい気分だった。 病院を出ると、照りつける太陽が容赦無く僕を照らす。 この暑さから逃れるように、そして人混みを避けるように、僕は乱立したビルの間の薄暗い路地に入った。 残念だったのは日陰でも蒸し蒸しと暑く、ゴミ捨て場に近かったせいもあり異臭が立ち込めていたことだ。 それにしても存外、死というものは身近にあるものだ。 交通事故で家族を失った僕が今度は死ぬのだから。 「これからどうすればいいんだろう」 路地裏でへたり込み、上を見上げた。 灰色の壁に囲まれたこの空間が、まるで牢獄に見えたような気がした。
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