第1章  第1節 『余命宣告』

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+++ 壁にかかったアナログ時計は21時を過ぎていた。 あれからどうやって家に帰ったのかは覚えていない。 部屋の明かりをつけないまま、僕はリビングの自分の椅子に座っていた。 食卓を囲んで並べられた四つの椅子。キッチンから見て左手前が僕の席だ。 木製の椅子、木製の食卓。 インテリア好きだった母さんの、木がある家は暖かいというこだわりだった。 しかし、今となっては暖かさなど感じない。 目の前の食卓を触ると、ひやりとした感触が僕をさらに不快にさせる。 向かいは父さん。その隣が母さん。そして僕の隣は妹の二葉(ふたば)。 特段裕福だったわけでも、貧乏だったわけでもない。 公務員だった父さんが、何十年ローンとやらで買った一戸建てのマイホームに住む、至って普通の4人家族だった。 2ヶ月前の5月16日。 その日は二葉の12回目の誕生日を祝うために、家族で斑紋高原に遠出をする予定になっていた。 斑紋高原は地元でも有名なピクニックスポットだ。 母さんは朝から張り切って昼食の弁当作りに励み、寝坊しそうな父さんを二葉が無理やり起こしていた。 そんな何気ない光景を微笑ましく見ながら、僕は誕生日プレゼントに買った髪留めを二葉にバレないようにリュックにしまう。 大したものではないが、綺麗な紫色の花(店員さんに説明されたが、なんていう名前の花だったかは忘れた)の装飾が気に入ったのだ。 そんな幸せな記憶として残るはずだった5月16日に、悲劇は起きた。 父さんが運転していた車に、トラックが突っ込んだのだ。 原因は相手の居眠り運転。 もうすぐ高速道路に乗ろうかという時だった。 最初に異変に気がついたのは父さんだった。はっきりとは聞こえなかったが何かを叫んでいた。 そして僕や二葉、母さんが目の前の鉄の塊が突っ込んでくることに気がついた時にはもう遅かった。 運転席の父さん、助手席の母さんは即死だった。 僕はなんとか車の外に逃げ出した。 身体中が燃えるように熱く、痛みはもはや感じなかった。 大破した車の中に、二葉が取り残されている事に気が付いた僕は救出を試みた。 ぐったりとした彼女の顔は血に塗れていた。 どうやら頭から出血しているらしい。 「おい二葉!しっかりしろ!」 僕の呼びかけに、二葉は意識を取り戻した。 目は虚ろで、僕を見ているようで見ていない。 「お兄…ちゃん?」 「今助けてやるからな!!」
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