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そう、この家にはもう誰も帰ってこないんだ。
「待っていたって誰も…」
退院してからの僕の日常は目まぐるしかった。
僕には家族以外に親戚と呼べる相手はいなかった。役人は僕に施設に入るよう説得してきたが、拒否した。
この家さえも失ってしまったら、僕には本当に何も残らなくなってしまう。
頑なに拒み続けた結果、役人達もしぶしぶ納得したようで、僕が一人で暮らしていくために必要な手続きなど諸々の事を説明してくれた。
保険金や慰謝料などでお金についての心配はなかった。
慣れない生活に戸惑いながらも、家族の分まで強く生きようと、なんとかしていた矢先に、僕は頭に激しい痛みを覚えた。
そしてあの余命宣告に至る。
僕の頭の中には悪性の腫瘍が発見された。事故の後遺症なのかは分からないが、現代の医学では治すことは不可能だそうだ。
枯れていたと思っていた涙が溢れてくる。
なぜ僕なんだろう。そんな解決するわけもない疑問が頭から離れなかった。
「風呂…入らなくちゃ」
めちゃくちゃな日常の中で、僕はいつも通りの生活を心がけていた。
22時までには風呂に入って、今日は水曜日だから二葉も楽しみにしてた連続ドラマの続きを見なくちゃいけないのだ。
時刻は21時30分。
僕は急いで風呂場へと向かい、服を脱ぎ散らかした。
その散らかった服を後で片付けるのは僕だ。小言を言いながらも片付けてくれる母さんはもういない。
浴室のドアの取っ手を掴んだ時、違和感を覚えた。
「濡れてる?」
手のひらをみると、わずかに湿っていた。
湿度だろうか。
そんな違和感を感じながらも、僕は浴室に入った。
しかし浴室に入ろうとした僕の右足は、確かに何かを踏んだ。
そして次の瞬間、僕の視界が上下逆さまになったかと思うと、鈍い音が浴室内に響いた。
僕は薄れゆく意識の中で、宙を舞う白い四角い物体を目にした。
石鹸だった。
我が家はボディーソープ派だ。石鹸などあるわけがない。
もう一度言おう。我が家にあるはずのない石鹸が、床に落ちていたのだ。
「なん…で…」
宙を舞った石鹸が床に落ちる音とともに、僕の意識は遠のいていった。
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