第1章  第2節 『未来世界』

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「なんだよこれ!」 そこには僕の慣れ親しんだ物は何ひとつ無かった。 母さんのこだわりだったあの木製のテーブルも椅子もない。 真っ白な空間に、卵の側面が削り取られ、腰掛けのような形のものが浮いているだけだった。 大きさは人間がすっぽり入ってしまうくらいで、一定のリズムでゆっくりと上下運動をしているように見える。 慌てて周囲を見渡したが、先ほどのホログラムで見た通り、やはり窓やドアといった類のものは見当たらない。 そんな時だった。 「アイリス?誰かいるの?」 少女の声ではない。 背後から聞こえるその声が誰のものであるかなど容易に想像できた。 少女が風呂に入ってくる前に呼んでいた人物。そう。これは彼女の母親のものだ。 全裸の僕。もちろん隠れるような場所も時間もない。 見ず知らずの全裸の男が、自宅で仁王立ちしていたら十中八九の人が警察に連絡するだろう。 最悪すぎる。 僕はただ風呂に入っていただけなのに。 声がした方をゆっくりと振り返る。 すると何もないはずの壁がエレベーターのドアのように開いた。 「あら」 エレベーターの中から出てきたそれは、僕を見て素っ頓狂な声をあげた。 いや、もしかしたらその素っ頓狂な声をあげたのは僕自身であったのかもしれない。 それが僕に近づくたびに聞こえる機械音。 近づいてくるそれは怪訝そうな顔をしている。だがそんな顔をしたいのは僕の方だ。 全身が銀色に光っている。なぜエプロンをしているのかは定かではないが、あまりに異質な光景だった。 人型ではある。だがそれを人間と呼ぶほど僕の心は広くない。ましてお母さんなんて。 「どちら様??」 機械とは思えないほどクリアな声。目を閉じていたら人間と言われても遜色ない。 175センチの僕と同じぐらいの大きさのそれは、僕の顔をじっと眺める。 何か金属の匂いと、オイルなのかわからない独特な匂いが鼻を刺激した。 じっと僕を眺めたそれは、ニッコリと笑うと口を開いた。 「あなたアイリスのお友達?」 果たして全く見ず知らずの全裸の男が家で仁王立ちしている光景を見て、娘の友達かを尋ねてくる親が、世界にどれくらいいるだろうか。 いや、そもそも機械に人間の常識を当てはめる方が無粋なのか、と僕は思った。
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