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まだ二十二歳。若い秀人は建築の知識に疎かったので、茶褐色の外壁や、くすんだ金色をしたポール状の取っ手がついた木製ガラスばりの玄関扉が、少し薄気味悪く思えた。もっとはっきり表現するなら西洋の幽霊屋敷へ来たような感覚に捕らわれたのだ。
-------古いビルだからサ。すぐ解らぁ。ありゃぁ、オレが新米だった時分から古臭えビルだったっけヨ。おめえみてぇな若い衆にゃヘンな気がすンだろうが、何も心配ねえ。中身は改装してあるし、なんたってオアシ(給金)の払いも良いんだから、それがいちばん安全な証拠ってヤツよ。繁盛してんだろうさ。……ただよ、老舗だかんな。そこしか通じねえ作法やら『しきたり』みてえなのがあるってんで、若けえモンが居つかねえんだ。ヒデよ。おめえも無理はしねえでいいやい。そうだナァ、まあ。一か月も持ってくれりゃあ、ウチも組合に顔がたつんでサ。ひとつ頼むァ。
シケモクをくわえた紹介所の親方が武州訛りの苦笑いで話した前置きが思い出される。
「一か月。せめて一か月ってことは、それ以上は持ったヤツがいないってことかよ」
今さらながらにため息が出た。
週払いの配膳人。それが秀人のアルバイトだった。
『配膳人』というのは、今、平成も幕を下ろす今日でいう派遣社員のような仕事。
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